ビリニュス新市街 バルチック琥波句旅日記②

 二日目(10月2日) 朝食前にミニ朝散歩をした。ホテルはビリニュス旧市街の「夜明けの門」のすぐ近くにあり、そこまでぶらぶらした。ホテルの部屋からの景色は、チェスキー・クロムロフに似ているのが、不思議に思ったが、同じカトリックで、同じ中欧の国だと思えば、妙に納得する、事実だった。DSC09180ビリニュスホテル.JPG食堂も、ロマネスクの構造が、とても素晴らしく、今にも、ミケランジェロが出てきて、デッサンを描きそうな構造で、興奮してしまった。出発は、9:00、ガイドは、Nと自己紹介していた。すぐに「夜明けの門」DSC09191夜明けの門.JPGへ向かうと、左手に、ロシア正教寺院があり、ロシア商人のために建てられたと説明していた。途中、右手の建物に入り口が口を開けていて、そこを入ると、異次元の世界があった。広いスペースの一角に、木工の工房があり、NHKの旅番組で紹介されたそうである。そこに、頑固そうなおじいさんが、働いていた。DSC09188工房.JPG我々は、ざっと見てすぐに外へ出たのだが、旅前に、一つ興味を持った「リトアニアの自然を愛する多神教の精神」の一端に触れることが出来て、とても良かった。工房の前庭には、黄葉した大きな樹の上に木造りのフクロウが我々を見送ってくれていた。ところで、リトアニアとは、雨の国の意味なのだそうで、さっそく、我々も、雨の洗礼を受けた。しかし、国名から自然崇拝の名残をみて、面白みも感じた。「夜明けの門」の上には、黒いマリアがいて、外からも見えるのだが、Nさんの解説では、黒いマリアは、マグダラのマリアで、イエスの「奥さん」かも知れない、と紹介していた。DSC09190黒いマリア.JPG彼の話しぶりでは、満更でもなさそうで、興味深かった。マグダラのマリアは、フランスまで亡命したのだが、その時には、妊娠していた、とも話していた。さて、ホテル前のバスに乗り込んで、新市街へ向かった。途中、国会議事堂の建物があったのだが、ソ連への抵抗の記念として、バリケードの一部を「独立の生き証人」として、保存している、とも話されていた。しかし、雨のせいで、詳しくは、確認できなかったのが、残念だった。車中では、バルト民族の話しもしていたが、スラブやゲルマンとは、遺伝子が違うとの、力説だった。
ビリニュスは、カトリック教会の密度が、非常に高く、かつバロック様式の寺院が多いので、「北のローマ」という異名があるそうである。やがて、河畔に出たのだが、ベラルーシの方から、流れてくるネリス河だった。この一角に、黄葉(ゴールデンオータム)のリトアニアでは珍しい紅葉があり、日本(早稲田大学ОB)から贈られた杉原千畝記念公園に植えられた桜、とのことだった。ここには、ヒロシマの敷石の祈念碑もあり、アメリカの戦争犯罪を、記念するものだ、とも話されていた。勿論、千畝氏のプレートもあったのだが、当時ここビリニュスは、ポーランド領だったので、多くのユダヤ人が、カナウスへ、向かったことになる。DSC09196千畝碑.JPG千畝氏のプレートの後部には、大きなスウェーデン銀行の建物があり、とても皮肉に感じた。リトアニア独立の時点で、N氏は、28歳だったそうで、多くは語らなかったが、ドゴールの「同盟することは、独立を失う」という言葉を紹介して、暗にEU加盟を批判しているようにも思えて、複雑な気持ちになった。リトアニアの月収は6万円で、ラトビアは7万円、エストニアは20万円とのことで、国としての、経済が、難しいことも感じられた。次に、聖ペテロ聖パウロ教会を入場見学した。DSC09199聖ペテロヨハネ教会.JPGペテロ(12弟子の一人)は、天国への鍵を持っている人物なので、まるで、閻魔さんのような、解説だった。聖パウロは、「親分」と解説していたが、自分の、キリスト教=パウロ教説と、何か、共通するようなものを感じて、ニヤニヤしてしまった。この教会は、カトリック教会なので懺悔室があるのだが、ナチスとつるんだ神父がいて、悪口を言った人は、即シベリアへ行かされた、という衝撃的な話もしていた。聖堂の中は、彫刻が多くあったが、地母神の話しに、多くを割いていたのが、N氏らしかった。DSC09206舟形シャンデリア.JPGこの中に、黒パンを持った彫像があり、黒パンは、ライ麦で造るのだが、ライ麦は、収穫するまでに、11ヶ月もかかるので、大変な作物なのだが、バルト民族の、アイデンティティのような、作物と見受けた。ここから、国立博物館の前を素通りして、大聖堂へ向かった。大聖堂は、塔が目立っているが、聖堂は、クラシック様式の建物で、古代の神殿を模して造られたようである。かつて、この地は、自然崇拝時代の雷神を祀っていた場所なので、南米の教会とも共通するようなものかと思った。ビリニュスのランドマークのような、ゲディミナス城展望台へは、フニクラというケーブルカーで、登城した。眼下には、黄葉したビリニュスの街が見えて、絶景だった。DSC09211ビリニュス黄葉.JPG
 『ビリニュスや 秋色見下ろす 城の丘』(人の鎖は ここから始まり)
残念ながら、お城へは入らなかった。城下には、ゲディミナス大公の銅像が威張っていて、微笑ましかった。

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