杉原千畝記念館 バルチック琥波句旅日記⑤

 リトアニアの秋は、ゴールデンオータムともいうそうで、黄葉の中を、カウナスへ走った。途中、杉原千畝氏の説明(イスラエル政府が探していた千畝氏の消息が分かり、感動の再会を果たしたあたり)を、МUさんが、話してくれたので、しんみりしてしまった。杉原千畝記念館(旧日本領事館)のあたりは、当時は森の中で、近くには、9軒の家しかなかったらしい。DSC09312家アップ.JPG最初にビデオを見たが、岐阜県の八百津町制作のものなので、一度見たことがあるビデオだった。ビデオでは、冒頭とエンディングで、語られた、イスラエルの言葉「葦のようにしなやかに」のフレーズが、印象的だった。正直に言うと、時間が短かったのと、ややテーマバークのようにも感じられて、感激が薄かったのが、残念だった。DSC09310机.JPGただ、それよりも、窓から見える景色の方が、恐らくは、千畝氏も見たに違いない景色なので、感動した。DSC09303窓.JPG次に向かった、メトロポリスホテルは、修復中だった。近くに、リトアニア独立のモニュメント広場があり、独立の女神像や、独立英雄の胸像、独立の時の永遠の火などがあった。次に、カナウス駅に向かったのだが、バスの車窓から見えた、カナウスの駅が、印象的だった。パーキングから駅に向かうと、構内の樹がきれいに黄葉していた。DSC09323駅と黄葉.JPG裏手に千畝氏のプレートがあるのだが、それよりも、プラットホームの感じが、とても良かった。DSC09331カナウス駅.JPG鉄路は、ロシア式の広軌道なので、驚くように広かった。駅の側には、古色蒼然とした建物もあり、千畝氏が、確実に見たであろう景色なので、本当に良かった。
 『カナウスや 黄金の秋の 鉄路かな』(あの時は40年 8月末だった)
資料館としての、杉原千畝記念館は、八百津のものが、よくできていて感動ものだったが、カナウスのものは、ここにしかない臨場感があるので、両方を観ることを、個人的には、薦めたい。そもそも、千畝が赴任したカナウスには、日本人は一人もいなく、ナチスドイツの、情報を収集するために特化した領事館だった。命のビザは、千畝氏の、「嘘も方便」的な合法的手段で人道的な判断をした、とされるが、氏の奥様の力も加わっているように感じた。当時ビリニュスは、ポーランド領だったので、ポーランド各地からカウナスにユダヤ人が来た、という表現は正しい。N氏によれば、このことに、松岡洋三の陰の力があったのでは、の説だった。今回の旅の、第一番の目的が、あっけなく終わった感じだった。

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