二尊院、仁和寺 敦賀・京都紅葉紀行⑥

 時刻は、まだ10:30ぐらいだった。まだまだ早いので、常寂光寺門前をそのまま下りて行くと、見覚えのある景色が目に入った。田圃の向こうに、柿の実が成る落柿舎が見えていた。そのまま、林の中の道を歩くと、今度は、二尊院の門前に出た。DSC00130二尊院門.JPG門の前で、記念写真だけ撮って帰る人も、多く(確かに、門からの二尊院の紅葉は、良い景色ではあるのだが)いたが、もう一か所ぐらい拝観しようと思って、二尊院にも入山した。神護寺ほどではないが、緩い階段があり、その両側が紅葉で、下から撮っても、上から撮っても、様になっていた。DSC00116参道下.JPGこの階段は、「紅葉の馬場」と呼ばれて、紅葉と桜とが、交互に植えられていて、春の桜も楽しめる、とのことだった。馬場の上には、塀があり、左に進むと、勅使門という立派な門があった。この門は、内側から見ると、小倉山の山号が掲げられていて、なかなか良い景色だった。DSC00127小倉山.JPGちなみに、諸説はあるようだが、百人一首を選んだ、藤原定家の時雨亭跡、というのが、この山中にあるようだ。本堂に上がると、重文の「法然上人像」があり、中央に進んで、本尊の阿弥陀如来と釈迦如来を拝観した。二尊というのは、もちろんこの両如来のことを指すのだが、たまたまの思い付きではなく、唐から伝わった思想で、パンフレットによれば、「極楽往生を目指す人を、此岸から送る『発遺の釈迦』と、彼岸へと迎える『来迎の阿弥陀』の遺迎の二尊」という考えのようである。遠目には、二卵性双生児のようにも見えるが、もちろん、印が違うので、印のアップ写真が、飾られていた。個人的には、本堂裏の花頭窓の景色が、様になっていて、なかなか良かった。DSC00126花頭窓.JPG時刻は、お昼なのだが、紅葉で満腹感なので、帰ることにした。結局、始発の大覚寺まで散歩してから、京都駅行きの28番市バスに乗った。駅の地下街で、馴染みの店で、昼食を済ませた。このまま、ホテルへ帰る選択もあったのだが、欲張って、仁和寺に行くことにした。というのも、11月24日までだった仁和寺観音堂の特別内拝が、好評につき延長(~12月8日)された、というニュースを耳にしたためだった。DSC00131観音堂壁画.JPG再び、市バス(26番)に乗った。北野白梅町からは、狭い道を走り、15:00頃には、仁和寺の門前に着いた。DSC00137三千院風.JPG数年前に、満開の御室桜を観たので、今回は、仁和寺は、予定はしていなかったのだが、たまたま、今回の催し(観音堂特別内拝)が観られる僥倖に恵まれたわけである。ちなみに、次回の開帳は、未定で、我々が生きてい内には、無いだろう、という話だった。坊さんの説明によると、仁和寺は、門跡寺院でも筆頭の門跡寺院で、応仁の乱で建物が、全壊された後、徳川家光の時代に、再建されたものを、今回、根本から修復した、との説明だった。観音堂は、多くの国費を遣って修復されたので、感謝の気持ちで、史上初めて(373年後)開帳されたとの説明だった。本尊の千手観音と28体の眷属、風神雷神のセットは、三十三間堂と同じだが、ここのオリジナルは、本尊の千手観音の脇侍として、不動明王と降三世明王が配置されていることだった。背面は、観音の浄土である補陀落浄土が、表されていた。また、裏に当たる北面と、東西の面には、観音が三十三に変化して、我々衆生を救ってくれる場面が表されていて、これらが、とても面白かった。当然のことながら、これらの仏像や壁画は、400年近くも経ったとは思えないほど、とてもきれいに保存されていた。五重塔の前に、空海の書いた「令和」DSC00134五重塔令和.JPGの文字が、自慢らしく、一生懸命に説明していた。16:00頃のバスで、京都駅に戻った。

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