世界遺産「郵便道路」 ノルウェーとことこ峡湾ハイキング⑤

第四日目(7月13日) 空模様は、曇りだった。ホテルを出発して、しばらくは、ハダンゲルフィヨルド沿いに、30分ほど走ってからトンネルに入った。最近の、ノルウェーは、トンネルが沢山作られている様子で、トンネルの中に、いきなり三叉路のロータリーが出てきて、びっくりした。ロータリーを右折して、トンネルを出ると、今度は、フィヨルドをつり橋で渡った。海底トンネルは、何本か潜ったが、フィヨルド横断の橋は初めてで、なかなか気分が良かった。日本の童謡に、「今は山中今は浜、今は鉄橋渡るぞと」、という歌詞があるが、ノルウェーは、山中のトンネルを抜けると、いきなりのフィヨルドの海で、橋を渡ると、又トンネルだった。ここにもトンネル三叉路ロータリーがあった。その後は、氷河谷を走り抜け、次は、氷河湖の畔を走った。この湖が、鏡のように、山の景色を映しこんでいて、またまた東山魁夷の世界になっていた。トンネルのおかげなのか、予定よりも早いので、時間調整で、ツヴィンデの滝、と言うところで、ストップした。DSC08557.JPG形がピピっと閃いたので、記憶を手繰ると、やはり、昔の北欧旅行で、立ち寄ったことを思い出した。(昔のアルバムで確認したら、ツリンネの滝とあり、一杯の水で、10年若返る、と紹介されていた)やがて、左手に、鉄道が出てきた。ベンゲル鉄道で、明日に乗る、との説明だった。バスの目的地が、グドヴァンゲンというのも、昔の記憶を思い出した。昔は、ここから、スタルハイム峠を登り景観を楽しんだが、今回はトンネルで直行した(当時、トンネルは出来ていた)。20年ぶりのグドヴァンは、周囲の滝は、昔と同じだったが、まるで浦島太郎だった。昔は、寒村のイメージだったのに、現在は、一大観光基地の観だった。DSC08570スタバンゲル.JPG昔は、カモメの印象が強く、山の中に、カモメがいるのか、不思議だった。船が走り出しても、しばらくは、カモメが並行して飛んでいた(前回)。しかし、現在は、餌付け禁止の標識があった。もう一つ、昔は、ソグネフィヨルドの名で観光していたのに、現在は、世界遺産ネーロイフィヨルドの名で宣伝しているようだ。DSC08571.JPG20年前は、生まれて初めて、フィヨルドを見て、すっかり興奮して、舞い上がっていたような気がするが、今回は、天気の状況が良く(前回は、曇りで、寒かった印象)、落ち着いて、左右の滝を見学し、フィヨルド沿いの村の様子を観察することが出来た。DSC08575.JPG今回は、丁寧な案内で、ヘスタネスの滝とか、バッカの村とか、固有名詞が出てきて、馴染みやすかった。小1時間も乗ったら、すぐに下船命令が出て、スティビ村に上陸した。村と言っても、建物が数軒あるだけで、人気はなく、子羊だけが、珍しそうに鳴いていた。DSC08584羊啼く.JPG
『スティビ村 人恋しさに 羊啼く』(われはトコトコ ハイキングなり)
準備運動をして、歩き出したのは、11:15だった。牧場の横を抜け、DSC08585〇.JPG基本的には、右はフィヨルド、左は崖の地形を、進んでいった。最初は、森林浴が楽しめる、林間の道なのだが、想像したよりも、狭く、人独りが通れるぐらいの幅だった。感じとしては、昔、中禅寺湖畔を千住ヶ浜へ、トレッキングしたことを思い出した。途中で、何本か、沢を横切るのだが、大量の岩石が流れ込んでいて、ルートを造りながら進むようなポイントが、3か所もあった。ゴロゴロした岩が沢山あるのだが、この岩に、苔がびっしりと生えていて、ニュージーランドのトレッキングや、大峰山や北八のルートのような感じがした。DSC08610苔の道.JPGところどころで、木々が途切れると、フィヨルドの海や、対岸が見えていて、現実を、思い出すような時もあった。DSC08618対岸〇.JPG
12:00をわずかに過ぎたあたりで、ランチになった。Klugrenesという名前のポイントは、芝生と小屋のある景色の良いところだった。DSC08601絵.JPG日差しがあったので、海岸まで降りて、木陰のポイントで、ランチにした。涼風が心地よく、絶好のランチタイムだった。出発間際に、花が見えたので、観察してみたら、何と、ビオラの原種だった。自分の庭にも、ビオラが咲いているが、やはり、自然の花は、逞しくて、素敵だった。ポイントによっては、樹林の向こうに、白銀(恐らくは氷河)が見えてきて、上高地から涸れ沢に行くときのようなポイントもあった。紹介が遅れたが、歩いているルートは、ノルウェー政府が、「郵便道路」というネーミングで、整備している、歴史的道路だった。ネーロイフィヨルドが、文化的景観も含めて、世界遺産に認定されているので、このトレッキングルートは、日本の、熊野古道と同じような、世界遺産の道でもある。DSC08629郵便道路アップ〇.JPGガイドさんの話しでは、17世紀に、オスロ(当時は、クリスチァニアと呼ばれていた)とベルゲンの間に、郵便専用道路として、整備された、とのことだった。フィヨルドは、夏の間は、手漕ぎのボートなのだが、フィヨルドが凍る季節には、船そり(船と橇とが、合体したもの)が通れるように整備されたルートだったそうである。馬が通るようになったのは、18世紀以降との解説だった。途中、オダネスの滝DSC08612滝.JPGのポイントを越え、対岸に、バッカ村が遠望されるポイントまで、片道5㎞を歩いた。左脳的な景色としては、やや地味なものだが、右脳的に、歴史の道だとすると、なかなか面白いルートだった。ちなみに、帰りには、羊さんたちと遭遇し、羊のベルが、カシャカシャとせわしなく音を立てていた。郵便道路のルート沿いには、シーカヤックも多く、楽しい道だった。結局、3時半には、スティビの村に戻り、1時間ほど待って、フロム行きの定期船に乗り込んだ。もう一度、このあたりのフィヨルドを整理すると、北海から東側の内陸部に深くえぐりこんでいる、ヨーロッパでもっとも長く、深いフィヨルドであるソグネフィヨルド(長さ200㎞、最深部1300m)の、南側の枝のような部分のネーロイフィヨルドを、我々はクルーズしている。DSC08577.JPG船中からは、東山魁夷が描いた、サーグ(のこぎり)滝を望むことができた。DSC08636サーグ滝.JPG自分も、画伯と張り合って、滝のスケッチをした。そのうちに、クルーズ船は、右旋回をして、もう一つの、枝フィヨルドである、アウランフィヨルドに入った。二度目ということと、多少の疲れということもあり、うつらうつらしていたのだが、途中、ゴーセンにより、豪華客船の停泊する、フロム港に、無事に着いた(18:08)。

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