摩訶耶寺、大福寺 リベンジ静岡大横断③

歴史的に、「長篠の合戦」は、織田・徳川連合軍が、当時、最強とも称された武田騎馬軍団を、馬防柵と三段構えの火縄銃軍団が、一蹴して、歴史の転換点になった、重要な合戦だった、ということになっている。資料館は、火縄銃資料館、とでもいうべき、膨大な火縄銃のコレクションが見ものだった。個人的には、この設楽原で発見された、一個の弾丸に、興味をそそられた。長篠城&設楽原のある新城市は、東名や、新東名で通過する時に、「しんしろ」と読むのか、というぐらいにしか、関心がなかったのだが、長篠城が廃城になってからの、新しい城を意味することを、今回の観光で初めて知った。資料館の屋上からは、設楽原の全景が眺められ、復元された馬防策が見えていたので、帰りに、寄ってみた。DSC00852馬防柵.JPG復元された馬防策は、図絵で見ているよりも、高く感じられた。言い忘れたが、長篠は、昔の言い方だと奥三河という場所で、今は、愛知県である。今回の旅は、静岡県の西端から東端までを制覇する、という試みなのだが、国道301号線で、宇利峠愛知県から、静岡県に入った。この峠道は一部東名高速と並走する場所があって、面白かった。下りの途中、一瞬だが、浜名湖が見える瞬間があり、なかなかの絶景だった。見学を予定していた天白磐座遺跡は、301号から遠いので、今回はパスして、摩訶耶持寺へ向かった。拝観を所望すると、快く説明までしてくれた。摩訶耶寺は、真言宗の寺で、静岡県最古の寺で、1300年の歴史を誇るようだ。本堂は、江戸時代の再建だが、釘を使わない伝統的な工法で、内部から見ると、折上格子天井の立派なものだった。特に、天井画は極彩色の花鳥画で楽しかった。欄間のような場所に、飛天の彫刻も良かった。摩訶耶寺の目的は、庭園だったのだが、収蔵庫には、彫刻もあり、平安時代の阿弥陀如来像などを観賞した。御朱印を頂いて、最後に庭園を見学した。DSC00858摩訶耶寺.JPG築山の立派な庭園で、石組も立派で堂々としていた。池には、蓮が生えていて、夏の頃には、さぞ立派だろうと思った。チェックインするには、やや早い時刻だったので、考えた末、近くにあるらしい、湖北五山の一角、大福寺に向かった。途中の朱色に塗られた立派な山門DSC00861大福寺.JPGは、今では、集落の中にポツンとある感じで、昔は大寺であったことを想像させた。Pに車を止め、拝観をお願いした。最初は、聚古館という収蔵庫を見学した。雑多な寺宝が並べてあるのだが、個人的に面白かったのは、江戸時代の絵画だった。応挙や若冲も手本にした沈南ビンを初め、江戸時代のそうそうたる名画が並んでいた。ただし、渡辺崋山は、画ではなく、俳画だった。仏像の中では、歓喜仏が珍しかった。次に、庭園を見学した。自然の斜面を利用した室町時代の庭らしいのだが、摩訶耶寺のものよりも、自然な感じで、蓮も多く、橋もあるので、花の季節には、それこそ「モネの庭」として鑑賞できそうだった。DSC00863大福寺庭園.JPGお寺なので、最後に本堂に参った。桜が咲いていたので、知ったかぶりして、十月桜と話したのだが、ここには十月桜の他に、半歳桜という有名な桜もある、ということを、帰ってから知った。ここから、再び、301号線に戻ると、猪鼻湖に突き当り、姫街道をちょっぴり走ると、目的のGP浜名湖ホテルは、直ぐだった。コロナ禍の旅行なので、心配したが、ホテルでは、心から歓待してくれたので、良かった。コロナ下でのビュッフェは、消毒、マスクは当然なのだが、どうやら手袋、というのが「「GO TO トラベル」の決まりらしかった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント