福島からの朗報
福島の朗報、というわけではないが、福島からの、ささやかな報が届いたので、ちょっと紹介してみる。福島にとっての、最大の悲報は、原発の名前が、フクシマだったことか。もし、フクシマの名前でなければ、福島県全体に、風評が及ぶことはなかったのではないか、と疑っている。震災後、福島県へは二度、山通りと中通りへ旅したが、福島県へ行ったことには、違いはない。個人的な感覚では、尾瀬などは、原発事故とは、関係がないようにも思ったが、実際には、大きな影響があったとのことだった。ただし、福島県のスーパーにおける、福島県産の、農産物の安さには、がっかりした。子育ての人もいるかもしれないが、大人は、自分の県を応援してほしいと思った。そうでなければ、風評なんて、福島県の人が言えないからだ。
震災直後、よく名前をを耳にした地名が、南相馬市だった。ネットの情報によれば、南相馬市の市民グループが、「ありがとう」を発信した、というニュースだった。宮城や岩手の人に比べて、福島の人から「ありがとう」の発信が少なかったのは、やはり原発事故が重しかかっているように思われる。本来は、関東地方の人が、福島に対して「ありがとう」を発信して、福島の人が、全国の人に「ありがとう」を発信していれば、もう少し、気分だけでも、少しは収まったか、と思うが、現実には、負の連鎖のような感じだった。
もう一つの報は、福島の若者の考えの変化である。何のために働くか、の問いに、社会のために役立つ、というのがトップだった、というニュースだった。ほとんど同じタイミングで、福島の「おとな」が、働いても、働くなくても、収入が同じ(働くと、東電からの補償金が減らされるので)なので、働かない、というニュースだった。働く意義を、収入だけに特定してしまえば、そういうことも言えるが、むしろ若者の考え方の方が、爽やかで、福島の未来を、少しだけ明るくしているように感じた。
今年の春は、宮城県を旅ボラしてきた。今年の夏か秋には、岩手県を旅ボラしてこようと思っている。福島の、浜通りへも、そのうち旅ボラしたいと思っているが、環境が少しでも、良くなっていることを切望する。
震災直後、よく名前をを耳にした地名が、南相馬市だった。ネットの情報によれば、南相馬市の市民グループが、「ありがとう」を発信した、というニュースだった。宮城や岩手の人に比べて、福島の人から「ありがとう」の発信が少なかったのは、やはり原発事故が重しかかっているように思われる。本来は、関東地方の人が、福島に対して「ありがとう」を発信して、福島の人が、全国の人に「ありがとう」を発信していれば、もう少し、気分だけでも、少しは収まったか、と思うが、現実には、負の連鎖のような感じだった。
もう一つの報は、福島の若者の考えの変化である。何のために働くか、の問いに、社会のために役立つ、というのがトップだった、というニュースだった。ほとんど同じタイミングで、福島の「おとな」が、働いても、働くなくても、収入が同じ(働くと、東電からの補償金が減らされるので)なので、働かない、というニュースだった。働く意義を、収入だけに特定してしまえば、そういうことも言えるが、むしろ若者の考え方の方が、爽やかで、福島の未来を、少しだけ明るくしているように感じた。
今年の春は、宮城県を旅ボラしてきた。今年の夏か秋には、岩手県を旅ボラしてこようと思っている。福島の、浜通りへも、そのうち旅ボラしたいと思っているが、環境が少しでも、良くなっていることを切望する。
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