豊興 姑娘の四川省花めぐり⑬
7月19日 十日目 この日も雨が降っていた。それでも、我々が滞在した二日間は、比較的、この時期にしては良い天気だったらしい。この日は、ドライバーさんの提案で、予定よりも早い、出発となり、6:00に昼食を食べたレストランでの朝食となった。昨夜は、荷物を少しでも減らすために、夜食などを食べたので、朝食は原則パスするつもりでいた。しかし、ここでしか食べられない、と紹介のあった裸麦のパンは、ほんわかと甘みがあり、この時点で、一番おいしい食べ物に思われた。予定に反して、この裸麦パンを二切れも食べ、撮影用に、余りもいただいてしまった。この日の出発は、6:30で、ドライバーさんの予測では、成都到着予定が18:00、TDの予測では、16:00には、着くだろう、との話だった。我々の配車は、一号車で、ガイドの許さんと同じクルマになった。三日前に、下ってきた道を今度は、夾金山峠まで登り返すわけである。チベットの村は、少しの隙間でも、平らな部分があればトウモロコシ畑になっていて、日本の集約農業とは違うものの、土地の有効利用という意味では、現在の日本農業よりも、数段に上だと思った。行きでは、さんざんにチェックされた夾金山の町に、赤い石で作られたモニュメントがあった。さっそく、許さんに、あれは何か、と尋ねたら、毛沢東の長征の記念碑だと教えてくれた。ついでに、延安の話も、聞くことができた。日本人はめったに行かないが、黄河の幅がわずか80mの渓谷があり、ここを観光するときには、ついでに見学するとの話だった。クルマは、どんどんと高度を上げて、左手に小屋のようなものがあるポイントで、写真下車をした。クルマを降りると、そこは高山植物がびっしり生えた草原になっていた。キンポウゲの黄色と、サクラソウのピンク色が目立つ草原だった。目新しい花はなかったが、高山植物の密度と、広さでは、今回のお花ウォッチングでは、一番の場所だった。ピンク色のほかに、やや大柄のクリーム色のサクラソウもあって、最後の花畑を堪能した。
「夾金山 どこまで続く 大花野」(そぼ降る雨に しばし佇む)
ここから、夾金山峠はすぐだった(8:00)。着た時よりも天気が悪く、気温が低かったせいか、トイレの値段が3元になっていた。数人の人が、花を見に行った。しかし、ここはすぐに出発し、ふたたび宝興の町へ向かって、下りて行った。何か所も崖崩れがあり、いつ何時、崖崩れがあってもおかしくない山岳道路を、おっかなびっくり、しかし着実に降りて行った。行きにも寄った、トイレポイントで、トラブルが発生した。わがままドライバーが運転していた三号車が、勝手に先に行き、お花のポイントを抜かしてしまったらしいのである。たまたま運が悪いことに、花好き姑娘が乗っていたクルマだったらしい。運転手は、引返すのは嫌だといい、別のドライバーが行くことになったら、今度は、そちらのドライバーのお客がNOということになって、おおもめに、もめたのだそうである。ここで、40分ぐらい、もたついていた。この貴重な時間に、貴重なものを発見した。この辺りは、長征小路というルートらしいのだが、道路の下に、この標識が、倒されてそのままになっていた。かわいそうなので、立てた形で、記念写真を撮ることができた。それはそれとして、ミニトラブルの多い、今回のツアーは、毎日のように、何かがあった。それでも、全車でそろって進む算段になり、宝興の町を目指した。
豊興の町は、19世紀に、フランス人の宣教師が、科学的にパンダを発見した場所であるらしい。そして、次に停まった場所は、その看板や記念の施設などがある、公共厠所だった。厠所の壁にパンダの足跡があり、ここはきれいなトイレだった。グレート昇仙峡とでもいった感じの渓谷は、行きの時よりも、雨が降っていないだけ、しっかり見ることができて、良かった。そして、来るときと同じ、豊興の同じレストランで昼食をとった。結局、ここでは、汚れたワゴン車を洗車するために、時間が大幅にとられ、1時間半ばかりの、昼食休憩タイムとなった。我々は仕方がないので、昼時の豊興の町を、ぶらぶらと散歩したのだった。豊興と廬山との間には、巨大な記念碑があり、ここにも写真ストップをした。ここには。パンダ発見の由来などが記されてあった。すぐそばに、川が流れているのだが、この川面が霧におおわれていて、不思議な光景になっていた。
「川霧や パンダのふる里 豊興県」(大理石あり 長征の道)
廬山の町は、川が中流域に変わるあたりだった。後続のクルマが、パンクしたとのことで、スーパーを併設したGSで、休憩をした。おかげで、ちょっとした買い物をすることができた。この辺りが、四川盆地の端っこらしく、ここからは平地に移り、やがて高速に入った。ここからは特別な景色もなさそうなので、休むことにした。軽い頭痛がしてきたからだった。眠ったわけでもないのだが、十日間の旅の疲れが出たのかもしれない。まともに走れば、雅安からは1時間半ばかりの距離だが、ミニトラブル続きのツアーは、またしても順調にことを運ばせなかった。成都の出口まで、後1㎞の標識のあたりで、大渋滞になった。この今回のツアーでは、初日にトンネル入り口争奪大渋滞があったが、今回は、出口の渋滞である。30分は渋滞が続いたのだろうか。しばらく走ると、出口付近で、四重衝突があり、それが原因であることが分かった。しかし、成都市内も夕方のラッシュアワーである。結局、夕食のレストランに案内されたのは17:50だった。ドライバーさんVS添乗員のNさんの予測合戦は、見事、ドライバーさんの勝ちだった。通されたレストランは、今までの中国のレストランとは、まるで雰囲気が違っていた。簡単に言えば、日本式の濃厚なサービスのお店だった。回転テーブルには、次々と、今までは決して口にできなかったような珍味が、ずらりと並んだ。自分は、それほどには元気がなかったのだが、薬膳料理だと聞いたので、多少無理をしてでも食べてみよう、と思った。食前酒もかなり強い薬用酒だった。とりあえず、取り皿にすべての料理を一切れずつ、並べてみることにした。この中には、カエル君の肉もあったらしい。それからも、スープやらデザートのように甘いものまで出てきて、前半戦をセーブして食べたのにもかかわらず、それなりの満腹感があった。強い酒も、全部いただいた。その時に気がついたのだが、不思議なことに、頭痛がすっかり取れていた。それ以上に、栄養ドリンクを飲んだ時のように、元気が出てきたので、びっくりした。さすがは、本場中国の薬膳料理であった。一度、ホテルまで行って、部屋には入ったのだが、実はOPの川劇を観る約束をしていたので、そのまま、又ワゴン車に乗り、劇場へ向かった。それにしても、薬膳料理がきいて、体調が良くなったので、助かった。
「夾金山 どこまで続く 大花野」(そぼ降る雨に しばし佇む)
ここから、夾金山峠はすぐだった(8:00)。着た時よりも天気が悪く、気温が低かったせいか、トイレの値段が3元になっていた。数人の人が、花を見に行った。しかし、ここはすぐに出発し、ふたたび宝興の町へ向かって、下りて行った。何か所も崖崩れがあり、いつ何時、崖崩れがあってもおかしくない山岳道路を、おっかなびっくり、しかし着実に降りて行った。行きにも寄った、トイレポイントで、トラブルが発生した。わがままドライバーが運転していた三号車が、勝手に先に行き、お花のポイントを抜かしてしまったらしいのである。たまたま運が悪いことに、花好き姑娘が乗っていたクルマだったらしい。運転手は、引返すのは嫌だといい、別のドライバーが行くことになったら、今度は、そちらのドライバーのお客がNOということになって、おおもめに、もめたのだそうである。ここで、40分ぐらい、もたついていた。この貴重な時間に、貴重なものを発見した。この辺りは、長征小路というルートらしいのだが、道路の下に、この標識が、倒されてそのままになっていた。かわいそうなので、立てた形で、記念写真を撮ることができた。それはそれとして、ミニトラブルの多い、今回のツアーは、毎日のように、何かがあった。それでも、全車でそろって進む算段になり、宝興の町を目指した。
豊興の町は、19世紀に、フランス人の宣教師が、科学的にパンダを発見した場所であるらしい。そして、次に停まった場所は、その看板や記念の施設などがある、公共厠所だった。厠所の壁にパンダの足跡があり、ここはきれいなトイレだった。グレート昇仙峡とでもいった感じの渓谷は、行きの時よりも、雨が降っていないだけ、しっかり見ることができて、良かった。そして、来るときと同じ、豊興の同じレストランで昼食をとった。結局、ここでは、汚れたワゴン車を洗車するために、時間が大幅にとられ、1時間半ばかりの、昼食休憩タイムとなった。我々は仕方がないので、昼時の豊興の町を、ぶらぶらと散歩したのだった。豊興と廬山との間には、巨大な記念碑があり、ここにも写真ストップをした。ここには。パンダ発見の由来などが記されてあった。すぐそばに、川が流れているのだが、この川面が霧におおわれていて、不思議な光景になっていた。
「川霧や パンダのふる里 豊興県」(大理石あり 長征の道)
廬山の町は、川が中流域に変わるあたりだった。後続のクルマが、パンクしたとのことで、スーパーを併設したGSで、休憩をした。おかげで、ちょっとした買い物をすることができた。この辺りが、四川盆地の端っこらしく、ここからは平地に移り、やがて高速に入った。ここからは特別な景色もなさそうなので、休むことにした。軽い頭痛がしてきたからだった。眠ったわけでもないのだが、十日間の旅の疲れが出たのかもしれない。まともに走れば、雅安からは1時間半ばかりの距離だが、ミニトラブル続きのツアーは、またしても順調にことを運ばせなかった。成都の出口まで、後1㎞の標識のあたりで、大渋滞になった。この今回のツアーでは、初日にトンネル入り口争奪大渋滞があったが、今回は、出口の渋滞である。30分は渋滞が続いたのだろうか。しばらく走ると、出口付近で、四重衝突があり、それが原因であることが分かった。しかし、成都市内も夕方のラッシュアワーである。結局、夕食のレストランに案内されたのは17:50だった。ドライバーさんVS添乗員のNさんの予測合戦は、見事、ドライバーさんの勝ちだった。通されたレストランは、今までの中国のレストランとは、まるで雰囲気が違っていた。簡単に言えば、日本式の濃厚なサービスのお店だった。回転テーブルには、次々と、今までは決して口にできなかったような珍味が、ずらりと並んだ。自分は、それほどには元気がなかったのだが、薬膳料理だと聞いたので、多少無理をしてでも食べてみよう、と思った。食前酒もかなり強い薬用酒だった。とりあえず、取り皿にすべての料理を一切れずつ、並べてみることにした。この中には、カエル君の肉もあったらしい。それからも、スープやらデザートのように甘いものまで出てきて、前半戦をセーブして食べたのにもかかわらず、それなりの満腹感があった。強い酒も、全部いただいた。その時に気がついたのだが、不思議なことに、頭痛がすっかり取れていた。それ以上に、栄養ドリンクを飲んだ時のように、元気が出てきたので、びっくりした。さすがは、本場中国の薬膳料理であった。一度、ホテルまで行って、部屋には入ったのだが、実はOPの川劇を観る約束をしていたので、そのまま、又ワゴン車に乗り、劇場へ向かった。それにしても、薬膳料理がきいて、体調が良くなったので、助かった。
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