法隆寺大宝蔵院、夢殿 十津鯨紀古都の旅⑬

 西院伽藍の隣に聖霊院があり、ここに上がって、御朱印をいただいた。朱印には、和以尊という聖徳太子の言葉が書かれていた。奈良の寺では珍しく、畳のある間なので、何となく落ち着いた感じがした。この辺りの建物は、昔の僧坊の跡である東室や妻室があり、喧噪の法隆寺の中では、とても異質で質素な感じが、とても好もしかった。
画像
ここの対面にある、子規の「柿食えば…」の句碑も、この時間では人がいなくて、珍しくひっそりとしていた。
画像
その後は、新しくできた、大宝蔵院を見学した。できたばかりで、ほとんどミュージアムに変貌していた。個々の仏像などを落ち着いて鑑賞できるのは良かったのだが、玉虫厨子や橘夫人厨子などは、ガラスケースの関係で、鑑賞することが非常に困難で、何とか対処できないか、残念である。ちなみに、玉虫厨子のテーマは、シルクロードの壁画ともろに直結している感じで、奈良がシルクロードの終着点であることを、またまた見せつけてくれている感じがした。仏像では、六観音の中の日光菩薩が良かった。M子は、九面観音に、いたく感激していた。百済観音は、昔の大宝蔵殿の時代とは、別格の扱いで、それなりにじっくり鑑賞することができて良かった。通常、八頭身と言われているが、腰の位置が高いので、脚の長さが際立って長いのが、とても印象的だった。ついつい、美人は斜めから鑑賞してしまいがちになるが、この像の本当の価値は、正面観照ではないか、とふと思った。百済観音の、素晴らしさが、観音堂に移って良く分かるようになって、その意味では本当に良かった。昔の、大宝蔵殿では「春の秘法展」をやっていた。国宝が一つもなかったのは、残念だった。何か、目玉があると、喜ばれると思った。しかし、静かに鑑賞できたのがとても良かった。金堂天蓋の天人が2点でていた。飛天ではなくて、天人というのが、面白いが、静謐感が、とても好もしく感じた。平安時代の普賢延命菩薩像があったが、この時代に、多肢の密教像があるのは、意外に感じた。平成の玉虫厨子(復元レプリカ)が、なかなか面白かった。ここを出て、休憩室でお茶をいただいた。時刻はすでに、11:00になっていた。次に、東大門を出て、いよいよ東院夢殿へ向かった。何やら、静かで、本当に秘仏を開扉しているのか、不安に感じるほどだった。はたして、救世観音は、あっさりと開扉していた。驚いたのは、ほとんどの人が、このことを知らないで、ここに来ていたことだった。本当に、幸せな人たちだと思った。自分などは、法隆寺には、おそらく10回は間違いなく来ているのだが、一度も救世観音を見たことはなく、今回、わざわざこの日をターゲットに、来たのだった。
画像

 救世観音は、さりげなく厨子の中に立っていた。鑑賞用ではないので、特別に明るくはないが、よくあるような秘仏開扉とは違って、まずまず、お顔は、しっかり見せてくれていた。よくある観音様とは違って、両手を前で組んでいるような印なので、聖徳太子の写しではなくて、聖徳太子そのものではないのか、と思ったほどだった。惜しむらくは、厨子には入っているのだろうが、ガラスケースには入っていないので、やや埃をかぶった感じなのが、残念だった。神秘さを残すことは大切だが、保存することも大切なので、何らかの対策をすると、良いのではないか、と思った。夢殿のそばにも、春らしく八重桜が咲いていて、とても良かった。隣には、中宮寺があったが、これはパスした。以前、しっかり拝観させてもらったのと、近代的なお堂が、何となく違和感があったからだった。法隆寺の拝観を終えたのは、11:30ごろだった。

"法隆寺大宝蔵院、夢殿 十津鯨紀古都の旅⑬" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。