キーワードは「宗主国」
「憲法第九条」という岩波新書を読んだ。憲法九条に興味があったわけではなくて、本棚の一冊を、断捨離しただけの話しなのだが、その中に、「宗主国」という言葉が出てきて、この言葉で、現在の世の中のことが、かなり分かるような気がしたので、紹介して見る。「宗主国」は、もともと中国に多くの例がありそうだし、植民地を支配した本国をそう呼ぶ場合もある。ちなみに「憲法第九条」という本にによれば、1980年代、今の日本と同じく、財政再建に取り組んでいたにも関わらず(もっとも、今の日本は、取り組んでいないのかもしれないのだが…)軍事費だけが伸び続けていたのは、米国が日本の軍事的な「宗主国」だからだ、という言い方で、登場させていた。
現在の、大きなほとんどのニュース、パリにおけるぎあいえすの市民無差別虐殺、中国の、南シナ海の人工島の問題、沖縄の名護や普天間問題も、この「宗主国」というキーワードを使えば、全てが、氷解することが分かった。まずは、ISこと「ぎあいえす」だが、このカルト集団が、かつてのイスラム帝国をめざしていることは間違いない。そもそも、イスラムの世界は、20世紀の時代こそ「宗主国」が存在しなかったが、それまでは、19世紀までまオスマントルコみたいな「宗主国」が存在した。ぎあいえすは、左脳的にこの「宗主国」を目指していると思われる。現在の、中華人民共和国も、かつての明王朝や清王朝の栄華に、野望を重ね合わせていることは、まぎれもない。韓国・朝鮮は、地政学的に言っても、中国を「宗主国」として崇めてきたことは、間違いなく、ひょっとしたら、朴大統領が、中国びいきなのは、このようなことがDNAに刷り込まれているのかもしれないのである。日本の場合は、中国の年号を採用したことはないので、基本的に、中国を宗主国としたコトはないが、沖縄・琉球に関しては、微妙な問題である。
現在日本の立ち位置であるが、世界の中から見て、日本の「宗主国」が、米国ではないのか、と疑われることは、心配なことである。「憲法第九条」の本そのものは、時代遅れの理想論のようにも思えるが、世界の中で、日本が平和国家としてイメージされてきたことだけは、間違いのないところである。日本を未だ軍国主義に思っているか、思っているふりをしている国は、中国や韓国ぐらいなものである。そういう歴史を考えれば、まだまだ憲法九条は、なかなか貴重なものに思える。個人的には、日本はカルチャーの国であり、ぜひカルチャーの国として、世界の「宗主国」として大切に思われる国を目指したいものである。
現在の、大きなほとんどのニュース、パリにおけるぎあいえすの市民無差別虐殺、中国の、南シナ海の人工島の問題、沖縄の名護や普天間問題も、この「宗主国」というキーワードを使えば、全てが、氷解することが分かった。まずは、ISこと「ぎあいえす」だが、このカルト集団が、かつてのイスラム帝国をめざしていることは間違いない。そもそも、イスラムの世界は、20世紀の時代こそ「宗主国」が存在しなかったが、それまでは、19世紀までまオスマントルコみたいな「宗主国」が存在した。ぎあいえすは、左脳的にこの「宗主国」を目指していると思われる。現在の、中華人民共和国も、かつての明王朝や清王朝の栄華に、野望を重ね合わせていることは、まぎれもない。韓国・朝鮮は、地政学的に言っても、中国を「宗主国」として崇めてきたことは、間違いなく、ひょっとしたら、朴大統領が、中国びいきなのは、このようなことがDNAに刷り込まれているのかもしれないのである。日本の場合は、中国の年号を採用したことはないので、基本的に、中国を宗主国としたコトはないが、沖縄・琉球に関しては、微妙な問題である。
現在日本の立ち位置であるが、世界の中から見て、日本の「宗主国」が、米国ではないのか、と疑われることは、心配なことである。「憲法第九条」の本そのものは、時代遅れの理想論のようにも思えるが、世界の中で、日本が平和国家としてイメージされてきたことだけは、間違いのないところである。日本を未だ軍国主義に思っているか、思っているふりをしている国は、中国や韓国ぐらいなものである。そういう歴史を考えれば、まだまだ憲法九条は、なかなか貴重なものに思える。個人的には、日本はカルチャーの国であり、ぜひカルチャーの国として、世界の「宗主国」として大切に思われる国を目指したいものである。
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