こんな時に、旅行かよ

 新型コロナウイルスが、いよいよ流行の兆しを見せていて、高齢者としては、ドキドキものである。政府は、2/17日、「不要不急の外出を控える」ような、厚労省の談話も発表された、生活の上で、最低必要な部分を除いて、家の中で、逼塞していれば、一番良い(実際に、現在のところほぼそのような生活行動をしている)のだが、2/20日出発の「メキシコツアー」を申し込んでいて、非常に困った。通常は、旅の前は、「旅の楽しみ」の一つなので、ワクワクしているのだが、今回だけは、とても嫌な気持ちで、出発を迎えることとなった。今のところ、国内において、海外旅行の自粛の話はないので、出発することになりそうである。それにしても、一番の恐れは、「入国の拒否」なのだが、体調に気を付けて、頑張るしか方法はなさそうである。良いほうに考えれば、国内にいるほうが「罹患のリスク」が、高そうなので、我慢するしかなさそうである。
メキシコの歴史、プロローグ
 2020年は、オリンピックイヤーであると同時に、米大統領選の年でもある。そして、現在は、新型コロナウイルス(2019-nCoV)騒動で、大あらわである。今回、メキシコの歴史にチャレンジするのだが、これらの、どれもが、メキシコの歴史に、陰に日向に、彩を与えている。歴史の古いほうから、紹介すると、1521年にアステカ帝国が滅ぼされた時に、インディオ側に、最大の打撃を与えたのが、スペイン人が持ち込んだ天然痘だった。一度は、追い返した憎きコルテスよりも、ある意味、アステカにとって、最大の敵だった可能性があるのが、「未知の伝染病」だった天然痘である。このことを思えば、現代人が、「未知の伝染病」である、新型コロナウイルスに、戦々恐々するのは、歴史を知れば、当然のことである。メキシコが、独立を回復するのは、これから、三百年後の1821年のことだった。
米大統領トランプは、メキシコとの国境に壁を作る、と公約して、大統領になったのだが、過去の大統領には、メキシコの領土を、合衆国の領土にしてしまおう、という野望を抱いた大統領候補がいた。1844年の、米大統領選挙は、南部出身のジェームズ・ポークは、当時、「独立国」であったテキサス(当時のメキシコは、独立そのものを認めていなかった)の併合を主張し、当選した。大統領になったポークは、1847年、メキシコにいちゃもんを付けて、メキシコ軍を挑発し、米墨戦争を起こした。装備に優れる米軍は、広大なカリフォルニアを軍事占領、一方では、メキシコ北岸に上陸、メキシコの都である、メキシコシティまで進軍占領し、結果として、広大な領土をメキシコから奪う形で決着した。ついでの話をすると、1861年に、アメリカで内乱(南北戦争)が起こると、ナポレオン三世のフランス軍が、メキシコに上陸占領して、メキシコそのものを、乗っ取ってしまう事件までが、発生した。この時の、フランス「傀儡政権」を倒したのが、1867年(明治維新の年)のことだった。
それから約百年後の1968年、メキシコオリンピックは、近代オリンピック史上、初めて、第三世界(発展途上国)で開催された栄光あるイベントだった。個人的には、金メダルよりも、マラソン銀メダルの君原健司や、サッカーの銅メダル日本チームの方が、インパクトが強かった。しかも、サッカーの3位決定戦の相手は、開催国メキシコだった。最初は、「メヒコ、メヒコ」と応援していた、アステカオリンピックスタジアムが、後半は、「ハポン、ハポン」の声援だったのも、なかなか印象的だった。以上が、メキシコの歴史の「三大話」である。

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