テーマ:東日本大震災

東北・夢の桜街道 みちのく旅ボラ⑥

 久しぶりに本屋をのぞいたら、「東北・夢の桜街道」という本が、数ある旅のムック本の中に並んでいた。これは、一度、ブログでも紹介したのだが、今回、とうほくを旅するにあたって、気になったので、手に取ってみた。きれいな写真と、簡単な地図が載っていて、眺めて楽しそうな本だった。今回の旅の予定では、24番白石川堤、29番西行戻しの松公園、30番石…
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南三陸 みちのく旅ボラ⑤

 久しぶりに銀座へ言ったら、有楽町駅前で、銀座さくら祭をやっていた。テントの一角に、南三陸町のブースがあったので、寄ってみた。いわゆる、食べるボランティアというやつで、いろいろな応援の品を販売していた。その中に、津波で流されてしまった店のクッキーを売っていたので、買ってみた。すると、良かったら、応援のポラロイド写真を撮らせてくれませんか…
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滝桜 みちのく旅ボラ④

 昨年の春は、京都へ行った。日本中が自粛ムードの中、天下の京の桜も、人が少なかった。その頃には、来年は、東北の桜を見に行こう、と何気なく思っていた。どの花も、一年に一度咲くものだが、なぜか、春の桜は、特別なものがある。生きているうちに、あと何回、さくらを見られるだろうか、という思いが、無意識のうちにあるのかもしれない。東北のさくらといえ…
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東北のサクラ みちのく旅ボラ③

 念のために、大船渡を調べてみた。気仙沼同様、いくつかの復興商店街があるらしいが、大船渡おさかなセンターのHPを見ていたら、「お願いですが、弊社だけではなく、東日本大震災で被害を受けた施設等に、ぜひおいでになって(お電話でも結構です)お買物でもお食事もしていただければ、今後ますます増える完全失業者、現在ミスマッチしている雇用状況の改善や…
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陸前高田 みちのく旅ボラ②

 宮城県の亘理町から気仙沼市まで北上する予定を立てたが、できれば、奇跡の一本松のある、陸前高田市まで行こうとして、調べモノをしていた。ネットに「普通の町になるまで何年かかるか分りません。ゆっくりした歩みですが、毎日何かが変わっています。一度遊びに来てください」と書かれた「再生 陸前高田」というブログを見つけた。http://rikuta…
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食べるボランティア みちのく旅ボラ①

 震災に対して、いろいろな形の、食べるボランティア、というものがあることを知った。震災地の食品を購入して食べたり、震災地に行って、食事などをして応援することを言うらしい。自分としては、自分らしく、旅をすることで「ちょいボラ」を企画している。復興応援旅行、というのは、いささか名前が大げさで、気恥ずかしかったのだが、旅のちょいボラならば、肩…
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復興応援旅行Ⅲ 計画の進展

 ようやく宿を確保した。名取市、松島町、南三陸町、気仙沼市と北上する。結果的には、宮城県だけになったが、残された岩手県の応援旅行は、夏か秋に企画したいと思う。現実には、ニュースやネットやらで、大震災のことが何となくわかったような気になりがちである。しかし、やはり現実を「診て」できる応援をする必要があるのではないか、と思っている。予定では…
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悲観論⑥

 大飯原発のストレステストなるものが公表された。発表したのは、原子力委員長の斑目委員長である。なぜこのような、でたらめな委員長が、原発事故一年を経ても、その座にあるのか、不可解である。個人的には「縛り首」ものと、思っているが、この委員長は、こともあろうに、科学的に再稼働の判断については、明言を避けた。要するに、政治家に爆弾を投げた格好だ…
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復興応援旅行Ⅱ 阪神との比較

 阪神・淡路大震災から17年が経つらしい。応援旅行のつもりで、1年と2ヶ月後に神戸を訪ねたが、あまりにも、見事な復興ぶりに、ある意味のショックを受けた。港には、傾いた街灯があったが、これはその時の状況を記念するためのものであったらしく、震災がすでに、風化しているようにも感じた。この時に、一番に震災を感じたのは、仮設住宅をチラッと、眺めた…
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復興応援旅行Ⅰ 第一弾

 四月の予定が立ちそうなので、東北の復興応援旅行を計画することにした。三月一杯は、東北自動車道が無料だが、雪の心配があるので、残念ながら、この恩恵をいただけないのが、残念である。何とか、延長してもらえないだろうか。このこととは、直接関係がないのだが、昭和の日本一周(47都道府県への足跡)に続いて、平成になってからの、日本一周に、リーチが…
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無知による暴力

 永井隆博士の「如己堂随想」を読んでいる。子どものころに、如己堂の狭いお住まいを、拝見した記憶がある。この中に、「無知による暴力」ということが書いてあった。博士によれば、暴力には、一般的な暴力の他に、無知による暴力、というものがある、とのこと。正確には「無知は一つの恐ろしい暴力となります」という表現だった。たとえとしては、オートバイレー…
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震災と南部三閉伊一揆

 小野寺公二著の「南部一揆の旗」を読んだ。この一揆については、大佛次郎の「天皇の世紀」で知って衝撃を受けた。この本は、小説仕立てで、一揆にかかわる数人が主人公である。この一揆は、ペリーの黒船来航とわずか三日違いで起こった一揆で、農民側の完勝に終わるが、最後まで読んでも、悲劇であることには、違いない。三閉伊とは、今度の震災でも、大きな被害…
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自治体の責任Ⅱ

 イスラエルで、大震災のニュースを聞いた。この時、非常事態なので、自治体は破滅しているだろうから、国が直接沙汰するしか、しょうがないだろう、と思った。ただし、この時には、深刻な原発事故のことは知らなかった。どうやら、日本は、憲法で、戦争をしないタテマエになっているので、「非常事態」の概念がなさそうで、結局は、自治体を尊重する、平常時の体…
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正論は、国民を殺す

 新聞では片隅の記事だったが、東大などが、東京都民の年間被ばく量の発表があった。許容量を大幅に上回ったので、万々歳のはずなのだが、今度はNHKの大放送がY市民の「100%安全といえるんですか」発言と同じレベルの「正論」を報道していた。客観的に報道するまでは、良いとして、その後、チェルノブイリへ言ったというM市の市長が、「それでも、東京都…
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北九州市議会に拍手

あれから一年経った。確かに、外国の人から、称賛されるだけの、被災者の人たちは、整然とした行動を示した。しかし、その後の国会の動きや、風評被害などは、恥ずかしくなるような動きだった。そして、もっとも恥ずかしく思えたのが、岩手・宮城県の瓦礫処理の問題だった。百年以上もの瓦礫の量なので、どうしても、他の都道府県の協力が必…
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あれから一年

 今年も、3.11がやってきた。当日、日本にいなかった自分にとって、あまりにも当日の様子が、分からなかった。震災の当日に、雪が降っていたことなどは、ずいぶんと後になって知った。なんと薄情な雪なんだろうと、思った。一年目の、3.11は、テレビ各局が、いろいろな番組をやっていたが、総じて、つまらなかった。一番には、瓦礫の処理が進まないことや…
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原発ポリス

 3.11から一年がたった何にもまして、原発事故は、悔しい。原発のあった双葉郡には、多くの町村がある。これらの町は、原発城下町なのかと思ったが、全部が全部そうでもないらしい。そもそも、今回の原発事故の不幸の一つに「フクシマ」と名付けられたことがある。ある、震災直後、福島県のスキー場では、どこか遠い場所の出来事で、自分たちには関係ない、と…
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昨年(2011年)の今ごろⅢ

 昨年の3月5日は、ニュージーランドで起こった、海外での地震の不安を抱えながら、地震国イスラエルへ向けて、旅立ったのだった。皮肉なことに、恐れていた地震は、旅先ではなくて、自分の国で起こったのだった。遠い国での、ニュースの断面では、原発のことよりも、日本の首都圏が、壊滅したのでないか、という恐怖だった。京葉コンビナートの爆発火災は、少な…
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昨年(2011年)の今ごろⅡ

 昨年の1月に、スリランカを旅した。スリランカでは、水害の直後で、それなりの心配をし、実際に、その痕跡もあったが、何よりも心に響いたのが、スリランカの津波の傷跡だった。あの高さまで、津波が来たので、犠牲が大きかった、という海岸線を、ずっと旅した。途中には、日本からのお金で造られた慰霊のための、大仏様もあり、お祈りをささげてきた。この時の…
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去年(2011年)の今ごろ

 3月の初めになると、知人から、年に一度の個展(正確には二人展)の招待状が来る。1週間足らずのミニ展覧会だが、知人とのおしゃべりが楽しくて、毎年欠かさず、その展覧会を訪れていた。昨年だけは、海外旅行(イスラエル)の直前で、どうしても知人がいる時間帯に、訪ねることができずに、義理だけで知人のいない時間に拝見した。  この旅行の直前に、ニ…
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未来へのサウダーデ

 もう少しで、東日本大震災が一年を迎える。一方で、テレビがつまらない、という声をネットなどで良くみる。つまらないテレビを見る人もいるのだから、テレビ会社も経営が成り立つのだろう。そんな中で、「BSであいましよう」というCMが耳障りだが、BS3chは、まあまあ面白い。「旅のチカラ」もそうした番組の一つだ。ボサノバ歌手の小野リサさんが、ポル…
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思い込み どきゅめんとハクナイショーⅩⅧ

 東日本大震災は、思い込みで、信じられない悲惨なことになった。身近なところでも、思い込みはたびたびあるが、目薬のことである。目薬には、確かに注意書きがあったのだが、あまり詳しく読んではいなかった。目薬をして、すぐにあふれたものは、ふき取っていた。正しくは、涙もふき取ってはいけないような、注意も聞いたが、生活が日常に近づけば、目薬もマンネ…
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悲観論⑤

 海音寺潮五郎氏によれば、原敬は、現役のころは、とても傲慢で人気がなかった宰相だったらしい。なので、彼が暗殺された時には、喝采を叫ぶような人も多かったらしい。今では、平民宰相として、人気が逆転している。  ところで、東日本大震災から、一年が経とうとしている。民間事故調が、聞き取りなどの発表をした。学者さんたちなどが、場当たり的とか、言…
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悲観論④

 いいか悪いかは別として、民主主義は、多数の意見が通るのかと思いきや、昨今の日本は、声高に叫べば、意見が通る国になったのだろうか。前にも書いたが、東北の津波の瓦礫処理のことだ。知事と市長とが会談して、県の主張(瓦礫を受け入れる)は、受け入れられない、とのことだった。理由は、地元が反対だから、というものだった。そして、地元は、政府の数字は…
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悲観論③

 先日、山田風太郎の日記のテレビ番組でやっていた。戦中・戦後の日本を生きた山田風太郎が、日本人の特質として挙げた言葉が「軽薄」と「無責任」だった。同じ日本人の一人として、やや、この言葉に抵抗を感じたが、昨今の、もろもろの様子を聞いていると、自分も、やや悲観論に傾きつつある。  未曽有の東日本大震災と福島原発事故とは、密接な関係があるも…
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南部の大逃散

 今、大佛次郎の「天皇の世紀」を読んでいる。歴史は、知っていたようで、知らなかったことの多さに驚かされる。同著によれば、ペリー総督来航の、一週間前に「東北の一隅で、もしかすると黒船以上に大きな事件が起こっていた」のが、「南部藩の農民が三万人に近い大人数で、田畑を捨て集団となって雪崩のように領内を横断し、隣国の仙台領に入って保護を求めた事…
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「旅する力」 沢木耕太郎 著

 サブタイトルに「深夜特急ノート」とある。「深夜特急」は、旅のバイブルみたいな本で、人によっては、沢木氏を「旅の巨匠」と呼ぶらしい。沢木氏は、偉大な人だから、年上の人にも思えるが、実は、自分と同じ歳であるらしい。氏は、高校生の時に、東北の周遊券を買って「貧乏旅行」をしたらしい。自分も、同じころ北海道の周遊券を買った所までは、沢木氏と同じ…
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福島(尚志高校)を応援

 誕生日を利用して、横浜へ出かけた。せっかく横浜まで出かけたので、何を観ようか、と検討した結果、高校サッカー選手権を観に三沢競技場へ出かけた。ピッチでは、地元代表桐光学園VS福島県代表尚志高校の試合をやっていた。桐光学園は中村俊輔の母校でもあり、応援したい気持ちもあったが、何と言っても大震災・原発事故の被災県代表である、尚志高校を応援す…
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今年のはじまり

 新年が始まった。いつもの年ならば、「新年おめでとう」だが、今年は年賀状も欠礼したので、「いい年になりますように」と、念じた。聞くところによると、仙台は「ミニバブル」状態であるらしい。大震災の後、日本全体も、仙台にならって、もう少し、みんなで金払いを良くすれば、良くなるのではないだろうか。  年末のどさくさで、消費税アップ問題と、それ…
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今年(2011年)に思う

 今年は、なんといっても大震災・原発事故の年だった。被災者のご冥福を祈るとともに、来年は、明るい年になることを願う。大震災・原発事故で印象的だったのは、本来はリタイア世代である人の多く(報道で、自分が見た人の全員)が、雇用の不安を訴えていたことだった。働いていた人が、理不尽な理由で職場を奪われたのだから、当然すぎる話である。それでも、こ…
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