テーマ:海外

ソグネフィヨルド ブリクスダール氷河 ノルウェーとことこ峡湾ハイキング⑧

第六日目(7月15日) 大移動の日である。出発(7:45)の時点では、天気は快晴だった。出発前に、ミニ散歩をした。港町特有の、坂の風景が見えていた。バスは、ベルゲンの街から、いきなりトンネルになるのが、長崎に、似ているな、と思った。トンネルを抜けると、フィヨルド沿いの、ベルゲンの郊外の住宅地を走り、また数本のトンネルを抜けると、田舎のフ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

世界遺産ベルゲン散策 ノルウェーとことこ峡湾ハイキング ⑦

ベルゲンは、古都なので、古い街(かつて、個人的に、憧れたヨーロッパの五つの街の一つ)を想像するのだが、実際には、ノルウェーでは、第二の都市なので、人口は増加しているようだった。感じとしては、人家が増えて、発展しているような印象を受けた。ベルゲン駅も、随分と、立派になっていた。ヨーロッパの駅によくある、大きなかまぼこ型の大アーチに囲まれて…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

フロム山岳鉄道、ベルゲン急行 ノルウェーとことこ峡湾ハイキング⑥

第五日目(7月14日) 今回の旅の大目的は、もちろんプレーケストーレンだったのだが、その前提として、フィヨルドを、上から眺めたい、という気持ちが強かった。この日の宿のフロムは、フィヨルドのどん詰まりなので、朝の散歩タイムに、ホテルの裏を、ちょっぴり、登ってみた。下に、港と駅が見え、遠くにフィヨルドが見えるポイントがあり、スケッチも楽しむ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

こんな時に旅行かよ チチェン・イツァ遺跡 メキシコツアものがたり⑦

チチェン・イツァ遺跡は、ウシュマル遺跡同様、観光化が進んでいて、それなりの立派なエントランスがあり、土産物店があり、ピンバッジなど、何点がゲットすることが出来た。日がとっぷり暮れてから、レーザー光線を使った、ナイトショーが始まった。いわゆる、プロジェクションマッピングである。いろんなところで、このプロジェクションマッピングをやっているら…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

こんな時に旅行かよ 世界遺産カバー遺跡 メキシコツアものがたり⑥

 昼食の後に、マヤ人の一般家庭を訪問した。通常、この手の訪問は、半ば、観光化されていて、つまらないものが多いのだが、ここの場合は、事前に、連絡をしないで、突然訪れるスタイルを取っているので、ありのままの、マヤ人を、見ることができる、ということだった。昔のマヤ人は、互いに、パラパラに住んでいたのだが、スペイン統治後に、集落に住むようになっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

こんな時に旅行かよ 国立人類学博物館 メキシコツアものがたり④

昼食は、近くのホテルのレストランでとった。メキシコと聞かれて、多くの人は、何を連想するのだろうか。一つは、ソンブレロという巨大な帽子と、甘い恋の音楽である、マリアッチだろうか。実は、この二つの体験を、昼食のホテルで、ミニ体験をした。もう一つ、メキシコ名物に、トウモロコシの粉で作ったトルティーヤと、これに具材を乗せた、タコスがある。T氏に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

こんな時に旅行かよ ウシュマル遺跡 メキシコツアものがたり⑤

 三日目(2月22日) この日は、9:01発のメリダ行きの飛行機に乗るので、早起きした。朝食は、各自空港でとったのだが、我々は、セブンイレブンのコンビニで、サンドイッチをゲットして、軽く済ませた。飛行機は、順調にメキシコ湾を越えて、メリダの空港に着いた。メリダは、ユカタン州の州都で、大都市らしいが、我々は、街中と反対側の、遺跡に向かった…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

こんな時に旅行かよ テオティワカン遺跡 メキシコツアものがたり③

二日目(2月21日) 何となく、寝不足で、バス車中の人となった。バスが郊外に向かっているにも関わらず、片側3車線の中2車線が渋滞していた。もう1車線は、市バス専用レーンとかで、ガラ空きなのだが、違反する車には、厳しいビデオ映像が送られてきて、強制ボランティアに、駆り出される刑がある、とのT氏説明だった。途中、地下鉄と並走する場面があ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

バルチック琥波句旅日記⑳ バルト三国の旅エピローグ

エピローグ(10月10日以降) この日は、吉野さんがノーベル賞をもらったのだが、我々は、このことを知る由もなく、出発した。関東には、台風19号接近のニュースはあったが、ギリギリ間に合いそうだった。モスクワの待ち時間は長かった(約6時間)が、旅行記を書くのと、コーヒーブレイクを楽しんだので、買い物をする間もなく、乗り継いだ。カフェの椅子は…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

タリン旧市街 バルチック琥波句旅日記⑲

ここから、昨夜も来た、ラエコヤ広場に出た。ここで、目立つのは、旧市庁舎であり、ドラゴンの雨樋の説明をしていた。ここの、広場の一角に、世界最古と言われている市議会薬局があり、ほとんど、ミュージアムのような現役の薬局だった。中は、結構に面白く見学したが、ハンドクリームや、ハーブティーを買ってきた。広場近くの、職人の中庭、というところへ行った…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

トームペア 聖ニコラウス教会 バルチック琥波句旅日記⑱

第九日目(10月9日) 長かったような、バルト三国の旅も、観光は最終日である。この日も、天気はぐずつき気味で、傘を差しながらホテルを出たのだが、途中で気にならないような天気になった。最初は、上の町と呼ばれる、トームペアへ向かった。坂を登っていくと、左手にトームペア城、右手にアレクサンドル・ネフスキー聖堂があった。城は、13世紀に造られた…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「歌の祭典」歌の原 カドリオルク公園 バルチック琥波句旅日記⑰

高速を降りて、最初の見学は、野外博物館だった。17世紀からの、各地の民家を、広い敷地に移築展示した施設で、フルに回ると、4時間はかかる、という説明だった。最初は、19世紀(農奴時代)の農家というのだが、巨大な建造物で、屋根は萱葺きなので、日本の農家とそっくりだった。恐らくは、農奴の身分でも、リーダー格の屋敷だと感じた。巨大な割には、一階…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

白鳥の湖 ハープサル バルチック琥波句旅日記⑯

 八日目(10月8日) また、雨の朝を迎えた。せっかくなので、出発の前に、バルト海の水を触ってきた。感触としては、それ程冷たくはなく、海水というよりも、ぬるっとした、水に近い感触だった。バルト海に触るのは、ヘルシンキ、サンクトペテルブルクに次いで、3回目かと思った。まずは、昨日来たルートを戻るのだが、例の埋め立て道路辺りは、葦が生えてい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

サーレマー島 クレッサー城 バルチック琥波句旅日記⑮

 ムフ島と本島サーレマー島との間は、19世紀に埋め立てられて、つながったそうである。サッカー場の真ん中に、大きな樫の樹があって、2015年のヨーロッパの樹チャンピオンになったそうだが、車窓から、ちらりと見ただけだった。同じく、エカテリーナ女帝が、1880年代に、ロシア化を進めた時に、日本の聖武天皇の国分寺のように、地方に造らせた、立派な…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

エストニア ムフ島 バルチック琥波句旅日記⑭

 七日目(10月7日) この日は、移動が長く、ホテルの出発は、7:00だった。朝食の時に、日本のラグビーが3連勝、という話を聞いて、安心した。出発が早い割には、前夜はよく寝たのだが、バスに乗っても、しばらくは、寝ている時間が長かった。1時間半ほど走って、国境を越えて、エストニアに入った。「エストニアは、頭が良い」、というのが、自分の考え…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

人間の鎖 リガ旧市街Ⅱ バルチック琥波句旅日記⑬

 次に、リガのランドマークである、聖ペテロ教会の鐘楼に登った。中は、日曜日なので、ミサをやっていて、荘厳な音楽が流れていた。古式のエレベーターで、上に登ると、リガの街が一望できた。リガは、海運で栄えた歴史があるのに、海が見えないのは、不思議だが、正確には、河口の港で、海までは、15㎞だそうである。 先に、リガ城壁内の建物は石造り、とい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ユーゲントシュティール リガ新市街 バルチック琥波句旅日記⑫

 旧市街から、バスに乗って、新市街へ行った。新市街は、新開地であり、普通の近代都市であることが多いのだが、リガの新市街は、「ユーゲントシュティール建築群」という世界遺産に指定されている。ユーゲントシュティールはドイツ語だが、日本人には、アールヌーボー(フランス語)が馴染みやすい。さらに言えば、エミール・ガレやミュシャが、アールヌーボーの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

猫の家 リガ旧市街Ⅰ バルチック琥波句旅日記⑪

六日目(10月6日) 予定では、リガの半日市内観光後、午後はフリーの日なので、9:00に出発した。ガイドは、ラトビア美人のUさんだった。バルト第一の大河であるダウガヴァ河を渡った。リガは、大昔は、密林と沼だったそうである。畑や牧草地は、人間が作り上げた景観なので、その指摘は、なるほどと思った。大河ダウガヴァを利用して、リガの地から、古代…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ラトビア ルンダーレ宮殿 バルチック琥波句旅日記⑩

ラトビアの国境は、近かった。シェンゲン条約なので、EUのマークと、ラトビアの標記があるだけの国境だが、少し先に、検問所の、遺物が残っていた。景色は、リトアニアもラトビアも同じだった。森林の割合は、リトアニアよりも更に高い、とのことだった。最初の観光は、ルンダーレ宮殿だった。このバルトのベルサイユと呼ばれるルンダーレ宮殿は、何もない田舎に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

クライペタ旧市街 バルチック琥波句旅日記⑧

フェリー乗り場に、茸採りの人がいて、しばし交流した。そういえば、リトアニアは、森林が多く、石が無いので、普通のヨーロッパと違い、木造の建物が多いので、日本に似ていると思った。さて、クライペタの街見学である。歴史は、13世紀の、ドイツ騎士団による建都に始まり、長くドイツ領だった都市で、ハンザ同盟都市メーメルの方が有名である。散策の途中に、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

カナウス旧市街 バルチック琥波句旅日記⑥

 観光は、この後、カウナスの市内観光へ、バスで向かった。相変わらず、黄金の秋は、素晴らしく、歴史の悲惨な出来事を忘れてしまいそうな、それでも何か、寂しそうな北国の秋だった。ちなみに、カナウスは、「北のカサブランカ」の異名もあるらしいが、一方で、この地で、ホロコーストも行われたようで、地勢的な悲しみもあるのかもしれない。ネムネス川に沿って…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ビリニュス旧市街 バルチック琥波句旅日記③

後半の観光は、ビリニュス旧市街だった。期待していたビリニュス大学の構内へは入らず、ナポレオンが持ち帰りたかった、との逸話を残す、聖アンナ教会を見学した。バロックの石造りの建物が多いビリニュスでは、珍しい煉瓦造りのゴシックの建物だった。基礎の部分は先生、建物の部分は、生徒が作ったのだが、余りにも素晴らしい出来栄えだったので、殺されて、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ビリニュス新市街 バルチック琥波句旅日記②

 二日目(10月2日) 朝食前にミニ朝散歩をした。ホテルはビリニュス旧市街の「夜明けの門」のすぐ近くにあり、そこまでぶらぶらした。ホテルの部屋からの景色は、チェスキー・クロムロフに似ているのが、不思議に思ったが、同じカトリックで、同じ中欧の国だと思えば、妙に納得する、事実だった。食堂も、ロマネスクの構造が、とても素晴らしく、今にも、ミケ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

バルチック琥波句旅日記① プロローグ

バルチック琥波句旅日記             2019/10/1~10/11  プロローグ 2019の秋は、ラグビーワールドカップが、日本で開かれている。日本チームのエンブレムは、満開の桜である。数日前のアイルランド戦は、世紀の番狂わせで、日本が快勝した。今回の旅の目的地は、バルト三国である。そこで、恒例の、巻頭句。  『桜沸く …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ラルナカ 東地中海(レバノン・キプロス)物語⑯

この後、海辺のレストランで、2度目のシーフード料理を食べた。フライが主だが、レモンをかけると、美味しかった。バスに戻る途中、漁師のたまり場があり、レストランの魚を獲ってきた、とのシャイな話をしていた。午後の観光は、ラザロ教会だった。イエスのマリア・マルタ姉妹の話しは、有名で、フェルメールも描いて(上野の西洋美術館にある)いる。ラザロは姉…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東地中海(レバノン・キプロス)物語⑮

九日目(4月22日) 朝のビッグニュースは、スリランカのテロだった。詳細は不明だが、多数の死者が出たらしい。それはそれとして、この日も、天気は良く、心地よかった。この日は、実質の最終日で、夜はラルナカ空港から、ドバイ便に乗るのだが、観光が、ラルナカ周辺なので、出発が9:30と遅いので、今回のツアーで、初めて、「朝散歩」を楽しんだ。ホテル…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

トロードス山地の世界遺産 東地中海(レバノン・キプロス)物語⑭

八日目(4月21日) 旅の後半は、晴れが続き、この日もそうだったのだが、いきなり、バスのルートの変更が宣告された。何でも、予定された道が雪のクローズで、別路になるということだった。ちょっとだけ高速を西に向かい、すぐに山の方へ向かった。左の方に、渓谷が現れたので、左席が「正解」だったようだ。キプロスは、水の少ない(大河が無い)国なので、水…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

パウロも来たパフォスの街 東地中海(レバノン・キプロス)⑬

 最後に、パフォスの港まで来て、「パフォス考古遺跡」と称するものを見た。ここも「遺跡公園」だった。やはり、巨大な屋根があり、そこは、「ディオニクスの館」という名前の、モザイク博物館だった。というのも、ここの一角に、BC3世紀のモザイクがあり、単色なので、初めは地味だったが、見ているうちに、水墨画の美しさが見えてきて、とても良かった。モチ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ビーナス生誕の海岸 東地中海(レバノン・キプロス)⑫

キプロス観光の、ある意味最大の「目的地」である、ペトラ・トゥ・ロミウ海岸へ向かった。駐車場から、トンネルを、二つ潜って海岸へ出るのだが、出た瞬間に、「見たことがある」海岸の景色だったので、びっくりした。ロシア人らしいビキニの、俄かビーナスがいて、みんな大騒ぎしていた。我々のグループも、ボッティチェリのそれを片手に、次々に記念写真を撮るセ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

キプロスの美村 レフカラ村 東地中海(レバノン・キプロス)⑩

 首都ニコシアからの「下山」の途中の高速が渋滞したので、何事か、と思ったら、雪道渋滞だった。高速から離れて、スカイライン(山道)を走ると、小雨の向こうに、レフカラ村が見えてきた。さすがは、遠目にも、「ヨーロッパの美しい村30選」の貫禄である。午後1時を回って、村のレストランへ入った。料理自体は、平凡なもの(肉ジャガや肉のグリル焼き)だっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more