石垣島の唐人墓

 尖閣諸島の問題で、日中関係がギクシャクしている。かつて、尖閣諸島は、琉球王国の版図だったのではないのかと、思うのだが。今を去る160年ばかり昔(1852年)この尖閣諸島付近を航行していた船があった。中国のアモイからアメリカの旧金山(サンフランシスコ)へ向かう、クーリー(苦力)運搬船のバウン号だった。クーリーは、当時アフリカの黒人奴隷に代わって、アメリカの労働力を担う、奴隷的境遇の労働者だった。バウン号の船長が、このクーリーを虐めに虐めて、ついに反乱が起こった。これが世に言う「バウン号の反乱」である。バウン号は、この時石垣島の近くで座礁し、クーリーたち380名が石垣島に上陸した。これに対し、米英は、何度か島を攻撃し、多くのクーりーを殺傷し、連行した。そして、このクーりーは、当時の世界の世論にはばかって、清国へ返還された。最終的に、島ではマラリアなどの病気もあり、128名のクーりーが亡くなり、1年7ケ月後に、琉球側が、残りの172名を清国に送り届けた。この間、石垣島の人たちは、クーりーたちを保護し、助けたという。
 平成17年のクリスマスに、八重山諸島のツアーに行って、この石垣島の唐人墓を見学した。教科書的には、分かったつもりだったのだが、このたび、陳舜臣氏の「天球は翔ける」を読んで、この事件の深刻なことと、日中関係に、深く関係していることを知り、感銘を受けた。沖縄を除く日本人が、ほとんど知らない(理工系の菅総理も恐らく知らない)と思うので、ぜひ知っていただきたい。

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