十見は一聞にしかず みちのく旅ボラ⑬

 百聞は一見にしかず、という言葉があるが、十見は一聞にしかず、ということもあるかもしれない。とにかく、テレビのニュースなどで見ただけでは、何も分からないことが、実際に被災地に行ってみて、よく分かった。被災地の「観光地」として、一番有名なのが、石巻の日和山公園からの眺めかもしれない。
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確かに、あそこからは、津波に襲われた門脇地区の様子が、手に取るようにわかる。しかし、正直に言うと、あそこでは、あまり感動して、涙が流れるようなことは無かった。理由は、よく分からないが、一つには、よく見慣れた景色であること。一見、きれいに見えること、などが考えられるかもしれない。ただし、石巻の時点で、あの景色よりも、胸にズンと来て、涙がでるような、実際に涙を流した場面が、少なくとも三回はあった。一つは、閖上地区や荒浜地区の、根こそぎ家を奪い去った光景を見た時、二つめは、日和公園そばのカフェで、世界の子どもたちからの、応援の絵や詩を見た時、そして、門脇地区を実際に訪ねて、余りにも荒廃した様子を見た時である。
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要するに、あの日和山からの光景は、余りにもテレビ的な光景で、いかにテレビ的な光景が、感覚を麻痺させていて、胸に響かないか、という現実だった。
 今回の旅は、震災後の1年と1か月というタイミングで、被災地へ行った。前回、1年半後の、阪神・淡路大震災の時に、余りにも復興が進んでいて、応援の旅、つまり今回の言葉でいえば「旅ボラ」としては、時期を逸していた苦い経験があったからだ。今回、旅ボラをしてみて、余りにも、復興が進んでいないことに、愕然とした。確かに、宮城の一部・仙台あたりは、焼き太り、と揶揄されるぐらい、景気が絶好調で、リバウンドしているような様子も、あった。被災地によっては、新しい家が立ち並び、まるでニュータウンのような場所も、まったくないわけではない。被災観光、という言葉があるとすれば、石巻あたりまでだった。今回は、宮城県の亘理町→岩沼市→仙台市若林区→多賀城市→松島町→東松島市→石巻市→女川町→南三陸町→気仙沼市→岩手県陸前高田市の順序で、北上した。ひとことで言えば、北へ行くほど、復興が遅く、概ね、女川町から北側は、悲惨な印象が強かった。
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これからもっと北側の、岩手県の三陸海岸は、大丈夫なのだろうか、と本当に心配になった。今年の夏か秋には、残りの大船渡→八戸あたりを旅ボラしてみたい。少しは、立ち直って、くれているだろうか。

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