百名山登山の闇

 GWの最後に、大竜巻の被害があり、同じGWでの、北ア白馬岳での老人大量遭難のニュースが、ぱったり途絶えたのが、残念だ。数年前の、トムラウシでの大量遭難もまだ記憶に生々しいが、この遭難と、百名山との関係が、あるのかないのか、とても気になるところだ。百名山を目指していて、山頂への登山を断念したことが、2度ある。一度は、九重山(久住山)、2度目は月山だった。どちらも、山頂直下、おそらくは山頂まで残り15分ぐらいの地点での、撤退だった。どちらも、強風とガスとによる撤退だった。思い出すのは、九重山の時のエピソードだ。我々が戻る途中で、中高年の婦人のパーティーと出合った。我々が、強風で撤退したことを話すと、自分達ははるばる栃木県から来たので、ここで引き返すわけには行かない、と必死の形相で話されていた。栃木県も東京も、それほど差があるとは思えないけどな、というのがその時の感想だった。自分の、納得するポイントまで、行ってみることは、当然なのだが、問題は、その思いつめたような、悲壮感だった。山は逃げない、とは言うが、年齢は逃げるとも聞く。もっとも、三浦雄一郎氏の如く、80歳で、エベレストへ登ろう、という怪人もいるので、何ともいえないが、悲壮感だけは、少々気になった。
 自分が、空木岳を目指した時のことである。翌日に、空木岳登頂を控え、木曽殿山荘で泊まっていたら、夜中じゅう、暴風雨が荒れまくった。正直、気持ちの上では、すっかり空木岳登頂はあきらめて、どうやって、ここから無事に下山できるかばかり考えていた。その時に思ったのは、トライアル百名山、という発想だった。百名山に登ることは出来なくても、山頂近くの峠まで来たコトは、十分に価値があるので、トライアル百名山ということで納得しよう、という達観だった。このことを思いついてからは、安心して寝られたが、それまでは、不安やら悔しさやらが、ごちゃごちゃして、眠られなかった。
 昨年、百名山にラストスパートがかかり、東北の4つの山を、一度に登る計画を立てた。ほぼ、天候にも恵まれ、何とかすべての山に登ることはできたが、計画にやや無理があったのではないか、という反省をした。というのも、飯豊山、というとてつもない大きな山を、百名山というちっぽけな計画のために、ついでに登ったような結果になったからだ。とても、飯豊山には、失礼なことをした、という思いが強い。やはり、百名山には、魔物が住んでいて、ときどき悪さをするような気がする。今度の大量用遭難が、その悪さでなければ、良いとは思う。犠牲者の冥福を祈る。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック