莫高窟172窟 甘粛省石窟めぐり⑪

 来年(2013年)からは、敦煌莫高窟の壁画が、見られなくなりそうだ、という噂がもっぱらである。実際のところ、今年(2012年)の10月には、ある施設(バーチャルセンターというらしい)が完成した。その施設とは、初めにビデオ(もしくは、精密なレプリカ)を見せて、莫高窟の紹介をして、本物の石窟の見学を、限りなく厳しく制限する、というシステムということである。しかし、我々が行った1012年9月の時点でも、炭酸ガス濃度が、ある一定の数値に達すると、入室禁止のきびしい措置が取られていた。我々が、午前中最後の窟として172窟に行った時には、この数値がきわどくなっていた。特別の措置として、3分だけの特別に見学をさせてもらった。いつもはとるメモも取らずに、その3分間は、説明を聞くことと、見学に集中した。この窟は、盛唐期の窟で、南北の壁に同じ無量寿経変図が描かれていた。北壁(右)の方が重要だ、ということで、ほとんどをこの壁画を中心に見学した。中央には、阿弥陀三尊がいて、極楽の池が描かれていた。この周りには、非常に丁寧に建築物(楼閣)が描かれていた。自分の目には、宇治平等院鳳凰堂の建築に、非常に似ている(両端の建物は、ほとんどコピーのように同じ)ように感じた。この画は、画として素晴らしいだけではなくて、当時の宮廷建築の様子を詳しく伝えているので、中国建築史の上で、資料的にも非常に重要な画であるとのことだった。一番面白かったのは、中央で歌舞を演じていることで、踊りや演奏の様子が、丁寧に描かれていて良かった。その上方では、飛天が飛んでいて、極楽らしさを表現していた。
画像
南壁の画が、どちらかというと、一般的な経変図(これは、北壁に比べての話であって、この画だけをみれば、素晴らしい画である)なのに対して、北壁は、より風景画に近く、透視図法などと言われているらしい。しかし、有名な反弾琵琶は、南壁の経変図の中に描かれている。ちなみに、この窟の天井にも、千仏が描かれていた。午前中に14窟を見学したが、およそ、北側から入って、南側へ向かって、窟を移動した。

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