アウシュビッツ強制収容所跡Ⅱ ポーランド・チェコうちゅう旅行記⑦

 今日、チクロンBに対する、いろいろな疑問などが出されているようだが、このアウシュビッツ全体を見た印象で言えば、ユダヤ人に対するホロコーストの事実は、間違いがないと確信した。隣の、5号棟には、自分の住所氏名を書かされた大量のトランクがあり、騙されたユダヤ人の哀れを思うと、胸が張り裂けそうになった。
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また、いたいけない子供だけの靴の山積みもあった。そして、無数の大人の靴の数々、これほどの証拠が他にあるだろうか。一番に怒りを感じたのが、義足や義手の山だった。ここが、ユダヤ人に限らずロシア人捕虜、ロマ(ジプシー)などを犠牲にしたことは有名だが、他に同性愛主義者、身体障害者、精神病者なども標的にした。ここには、身体障害者の義手や義足などもおびただしい数のものが展示されていた。今日、弱い立場の者は、出来るだけ尊重するのが人権の考えだから、ナチスというのはまさに「負の人権」の考えの持ち主なんだ、と思って、改めて深い憤りを感じた。そして、このアウシュビッツに来て、この日一番に胸が張り裂けそうになったのは、博物館の現物の展示物ではなくて、この施設を見学に来ているドイツ人の若者の、悲しい顔を見た時だった。不覚にも、涙がこぼれてきた。
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自分は、人類の「聖地」としてこの場所は、訪ねるべき義務があるのではないのか、と思ってやってきたのだが、日本人はまだまだ第三者であることを痛感した。ポーランドまで来るのは大変だが、日本人ならば、長崎や広島の原爆資料館、そして知覧の施設などは、見て考える義務があるように痛切に感じた。6号棟や7号棟は囚人の生活の様子、復元された粗末なベッドなどがあった。初期には、ベッドすらなくて、木の床に藁やマットレスを敷いた状態だったらしい。一番に嫌な気がしたのが、これらの囚人(もちろん罪のない人々で、囚われ人のこと)を監視したのも囚人を使った、とのことで、様々な、見るに堪えないことは、すべてユダヤ人の囚人にやらせたという事実だった。この辺り一角の並木は、若いポプラの樹が植えられてあった。できるだけ、当時の雰囲気を再現するように、との配慮だそうで、確かに写真の雰囲気に似ているような気がした。突き当りには、死のブロックと呼ばれていた11号棟があった。
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ここは収容所内の刑務所だったそうで、この中には餓死牢、窒息牢、立牢などの監獄があり、中でも日本にも縁が深い聖コルベ神父の部屋には、多くの花束が手向けられていた。この棟の隣には死の壁があり、数多くの人々が銃殺されたそうである。ちなみに、ナチスは、最初は餓死次に銃殺、最後にガス室という順序で、死のエスカレーションをした、という説明だった。ナチスの一番の問題は、合法的に選ばれた政権が、「合法的」に反人権的なことをした事実なのではないだろうか。
 ガイドのナカタニ氏が強調していたのは、何もしない日和見が、このことを助長したのではないのか、と警告をしていた。民主主義は最悪の制度である、というのはチャーチルの言葉だが、こここそ、この言葉の、真の意味を考えるのにふさわしい場所ではないのか。わが国では、現在憲法改正の96条の論議がさかんである。しかし、ここの事実を考えると、安易に過半数が賛成したから「正しい」と考えるのは、間違いではないのか、大切なことは、もっと慎重に考えるべきではないのか、と思った。ここの収容所を一旦出たところに、絞首台があった。
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ここの所長であり、ガス室の発案者(実際は、提案して実行し、表彰された)であったヘスが、処刑された場所である。そして、このそばに、焼却炉とガス室とがあった。収容所の確実なことは、おそらく謎である。それは、ナチスが証拠隠滅を図ったからである。しかし、これらの施設を全体として把握すれば、恐るべき施設であったことは、歴然だと思った。
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