浄土ヶ浜 青の洞窟 雨ニモマケズ南部秋追い旅⑧

 田野畑から宮古へ向かう途中に、三陸自動車道路があった。無料の高速だが、わずかな区間だが、とても快適だった。ただ、この高速は、観光地のポイントからポイントへ移動するには文明的で、便利なものだが、線もしくは、面として観光をしようと思うと、無粋なもので、最悪の場合は、景勝地をトンネルで通り抜けることも多い。もし、三陸自動車道が完成した暁には、それまでの、三陸地方の良さを、相当に削減してしまう可能性があるので、古き良き三陸を味わうならば、今が残された、ラストチャンスかもしれない。浄土ヶ浜の第一駐車場に着いたのは、13:15だった。駐車場から下ると、マリンハウスがあり、青の洞窟の幟がひらめいていた。すぐに申し込むと、客は4人だった。救命具とヘルメットを着けて、船に乗り込んだ。前半は、白い奇岩は、火山岩で、塩があたって、植物が生えないらしい。
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髑髏などが面白かった。
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イソギクがきれいに咲いていたが、昨年は咲かなかったらしい。後半は、いよいよ青の洞窟(八戸穴)だった。
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カプリ島の同名の洞窟とは、比べようもないが、海の色そのものがとてもきれいで、逆光的なポイントから海を覗くと、海の色が幻想的なサファイア色に輝いて見えた。
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無理して来たのは、正解だろうと思った。
 青の洞窟のサッパ船から、陸に上がり、遊歩道を、浄土ヶ浜まで歩いてみた。残念ながら、立派な遊歩道ができていて、浄土というあの世をイメージする幻想的な風景とは、余りにもミスマッチだった。30年前は、雨だったのに、幻想的で美しかった浄土ヶ浜は、どこへ行ってしまったのだろうと、悲しくなった。ひょっとして、これは、津波による、復興の結果なのだろうか。
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浄土ヶ浜は、津波の影響が少なかった、という話だったが、実際の感じでは、風景が激変してしたのではないかと、思った。実際に、レストハウスにあった、津波被災の写真は、悲惨なものだった。
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恐らく、海岸も、根こそぎ流されてしまったようで、悪く言えば、埋め立て地のような、無粋な感じになっていた。時がたてば、海岸の小石が、丸くなって、海岸らしい風景になるのかもしれないが、馴染むには、相当な時間が必要に感じた。それはともかくとして、今回は、応援旅行だったので、貴重な体験をした、と思うほかはない。レストハウスに、応援CDというものがあったので、買いボラした。中身は、地元の高校生の合唱が収録されたものらしいので、楽しみである。さて、いよいよ、もと来た道を戻ることになる。浄土ヶ浜を14:24に出発して、52㎞の道を走り、15:30に、田野畑羅賀荘に着いた。9階の景色の良い部屋で、天気が良ければ、日の出も見られそうである。ただし、明日の予想は傘マークである。景色の良い展望風呂に入り、夕食会場に行った。日本旅館では、ついつい、火をつけて良いですか、と聞かれて、ついつい、いいですよ、と答えてしまって、失敗した経験が多い。今回は、心を強くして、後で、と断る作戦を実施した。おつくりは、量も多く、食べ応えがあった。やはりホタテやサンマなど、地の素材がおいしかった。まめぶもあったが、小袖の素朴なものに対して、洗練された味なので、普通のお吸い物に近かった。ホヤなど、地元の素材もあったが、全体に味が濃いのと、何よりも量が多く、昔の日本旅館の悪しき伝統を引きずっている感じなのが、残念だった。それでも、作戦はまあまあ成功し、1時間40分ぐらいの時間をかけて、食べることができた。

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