矢切の渡し

 江戸川の河川敷は、ほとんどスポーツランドと化していて、旅の情けはなかったが、わずかに、今はすっかり日本の野草と化したセイタカアワダチソウが咲いているのが、慰められた。
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矢切の渡しには、それなりの人が並んでいたのだが、どちらかといえば、団体客が多いように感じた。その中の、おじさんグループの人たちが、乗っても意味がないから止めよう派と、乗ることに意義がある派とが、話し合いをしていたが、どうやら、船に乗った様子だった。
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江戸川は、水が濁っていて、深さが分からなかったが、我々は、ライフジャケットを身に付けなかったので、多分浅いのだろうと、想像した。台風の時には、増水したのだそうである。それにしても、ここが歌で有名な矢切の渡しなのか、わざわざ聞いている人がいたのには、びっくりした。船旅を楽しむ間もなく、直ぐに向こう岸である、千葉県松戸市の矢切渡し場に着いた。こちらは、まだスポーツランドにはなっていないので、野性味はあるが、堤防はさすがに、がちがちのコンクリート造りだった。堤防の上に行くと、観光案内所があるというので、行ってみたら、土曜日なのに閉鎖されていた。ちなみに、ここはバス停でもあり、日に数本のバスが出ているらしかった。我々は、野菊の道というのを歩いてみることにした。
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石造りの案内板はあるものの、野菊の道と称する道は、ただの野良道で、野良道というには、直線道路で、それほどの感激はなかった。途中に、タデやコスモスなどの秋の花は咲いていたが、肝心要の野菊が咲いていないので、少々がっかりした。クリークを一本橋で渡ると、ちょっとした住宅地があり、その後背に河岸段丘があり、「野菊の墓」の文学碑は、この丘の上のお寺の境内にあった。
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天気が良ければ、箱根や富士も見えるらしいのだが、残念ながら、そこまでは見ることはできなかった。ここから、矢切の駅までは、近いのだが、ちょっと三角形の二辺を歩くようなルートで、午後の1時ごろには、駅に着いた。電車はすぐに来たのだが、びっくりしたことに、座席は満員だった。この電車は、羽田空港行きで、我々が、品川から京急で乗る電車と、同一の電車らしかった。電車は、高砂、押上、浅草、浅草橋などを経由して、日本橋に着いたので、ここで下車した。このあたりが、昼食に良いだろう、という見当と、ここなら東京駅にも近い、という判断だった。結論だけを書くと、お昼は丸善のレストランで、名物のオムライスをいただき、
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東京駅まで歩いて、中央線に乗って、帰った。

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