最適社会の経済学

 自分の人生に、影響を与えた一冊の本の題名である。昭和42年といえば、東京オリンピックの3年後なので、これから日本が、世界に向かって、飛躍しようか、という時期に書かれた本である。著者は、加藤寛。読んだ当時は、知らなかったが、その後、それなりに活躍した経済学者である。この度、半世紀近い48年後に、断捨離の一環として、読んでみた。面白いのは、昭和60年の予測として、日本の経済規模が、当時の米ソにに次いで、世界3位になるだろう、という予測で、一人あたりの国民所得が、米国の半分、西欧諸国に並ぶ、とされていた。
 この本の眼目は、資本主義でも、社会主義でもない、最適社会を目指す、福祉国家を目指すべきだ、というものだった。福祉国家とは何か、と言うことだが、個人が満足を求めるなら、それが満たせるようになっていることが必要な国家、という定義だった。振り返って、日本は、経済大国にはなったが、残念ながら、福祉国家、という意味からは、はなはだしく後退しているように感じる。著者の危惧として、福祉国家を希望する人たちが、それを「与えられるものと考えがち」な落とし穴があるとしていた。歴史を振り返ると、日本国民は、見事に、落とし穴にはまった感じがする。当時の、佐藤政府の答申に「国民一人一人が主体性ある価値観の持ち主として、創造的な潜在能力を発揮することに生きがいを感ずることのできる生活」という文言がある。まことに、抽象的で、分かりにくい表現だが、まったくその通り、という文言でもある。そもそも当時の日本(今も)に欠けていることで「政界と官僚とが、国民との間に言葉をかわすこと」とされている。当時も今も、J党は、財界や圧力団体の方だけ向いている、と言われ続けてきたが、本当のコアの国民は、口をあんぐりとしていたのかもしれない。もちろん、この責任は、国民の側にもあり「成長をみずからのものにするには、国民みずからの意志と努力にかかっている」のにもかかわらず、努力が足りなかったのかもしれない。同著には、「生産主義から生活主義へ」という項目が出てくる。大多数の国民は、今でも、生産すること(働いて収入を得ることか)にしか目が向いていなくて、生活すること(収入を、いかに自分の人生に対して、有益に遣うか)には、あまり目が向いていないように感じる。現実の社会の二極化で、それどころではない階層が出現したことは、最も悲しい現実だが、本来は、余裕のあるべきシニアの年代に、より一層、そのように感じる。反省として、政治の民主主義は、それなりとして、産業民主主義が確立しなかった、「敗因」のようだ。最適社会は「対抗力を育成して社会的意見が政策をチェックすることができる社会」らしい。しかし、その対抗力にあたる、労働組合や消費者団体(外国に比べて、非常に未発達だったので、最近、ネットによる消費者の不満が爆発している)などが、衰退したり、育たなかったらしい。
 これは、個人的な感想だが、労働組合は、政権には参加してはいけないようだ。その意味では、民主党政権は、失敗だった。ただ、労働組合は、政権を目指すのではなくて、対抗力としてもっと力を蓄え、活躍してほしい。昭和42年当時、不安視されたことが、いくつかあった。一つは、公害である。これは、相当克服したように感じる。もう一つは、住宅問題だった。こちらの方は、住宅問題どころか、生活すること自体が大変な時代になりつつあるので、政治の大失敗だろう。もう一つ「巨大な高等教育を受けた人々を、いかに活用し、いかに働きがいのある職場を提供できるか」という問題が書かれている。当時の、高等教育は高卒のことであり、現在は、これが大卒の問題である。これは、当時の言葉でいえば、ホワイトカラー至上主義の亡霊が、今の日本にも、漂っているような気がする。現実を見れば、大学院卒が管理職で、大卒は、ベンチャーをめざすか、「職人」を目指すべきではないか、というのが、個人的な意見である。そして、生産ばかりでなく「生活」にも生きがいを見出すべきではないか、と感じる。

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