南海の名城 高知城 緑遍路 碧辺路 ⑪

 ホテルに直行するには、1時間ばかり早すぎるので、次善の策として用意していた高知城へ行くことにした。来る時とは別の、県道(37号線)をひた走り、小高い丘を越えて、高知市街に入った。一度右折すると、3月に泊まったばかりの、城西館の横を通り抜けた。さらに左折すると、高知城が見え、県庁へ着いた。休日は、駐車場が無料ということで、車が並んでいたが、我々は地下駐車場へ車を停めた(2:10)。雨が降る中を、傘をさして、堀沿いに歩くと、やがて大手門が見えてきた。50年ぶりぐらいの高知城だが、門の印象はない。大手門のすぐ後ろには、威風堂々と天守閣がそびえていた。現役の大手門と現役の天守閣とが同時に見られる風景は、天下の姫路城や彦根城などでもないはずで、正統的な高知城の凄さが分かった。
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高知県では、龍馬が有名で、最近はリョウマの休日などと宣伝をしているが、高知城の正統的な凄さを、もっとアピールした方が良いと感じた。お城の中の景色も、堂々としていて、自分が登城したお城の中では、ベスト10に入る名城だと感じた。
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途中の、石が飛び出た、石の樋が一番ユニークなものだった。
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天守閣で、日本100名城の記念スタンプを捺すと、同じページの6城が初めて揃った。高知の地名は、二つの河を外濠として作った河内山にお城を造ったことに由来し、縁起の良い「高知」に改名した、とボランティアのガイドさんが話されていた。目の前に、天理教の建物が見え、その周りが無粋な鉄筋コンクリートに囲まれている風景が、何となく、悲しかった。
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このあたりは、山内容堂の生まれたところらしく、昔はお城の一角だったらしい。1階に降りると、御殿の建物があった。
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最近、熊本城や名古屋城など、きらびやかな御殿の復元が流行しているが、こちらは本物の御殿で、本物の天守閣とセットになっているのも、日本では、唯一のコンビなので、この意味でも、高知城は、もっと人気を集めて良いと思った。高知は、余りにも、龍馬さんに頼り過ぎているのではないか。
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ちなみに、50年ほど前に、高知城の天守閣前までたどり着いたのだが、午後5時をわずかに過ぎていて、天守閣の登城がかなわなかったので、今度の登城は半世紀ぶりのリベンジ途上でもあった。3:17に駐車場を出て、再び五台山のある東郊へ戻り、ホテルに着いたのは、またまた4:00だった。結婚式などのイベントが盛んなホテルで、広い駐車場はいっぱいだった。お風呂に入り、夕食のレストランへ行ったのだが、龍馬会席は、どちらかというと懐石料理の方で、特に、鰹のタタキをの巻き寿司や、こんにゃくの田舎寿司
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など、最後まで美味しくいただくことが出来た。久しぶりに、ビールで八十八霊場完結の乾杯をして、食後には、特別注文のコーヒーを頼んで、優雅なディナーにすることが出来た。

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