「日本のいちばん長い日」映画編

 有名な映画である「史上最大の作戦」の本来の題名は「The Longest Day」である。この「日本のいちばん長い日」のことが、1945年8月15日であることは、知ってはいたが、なぜか、と言うことまでは、余りよく分かっていなかった。この日に、クーデターが計画されたことや、玉音放送の原盤が、危なかったことも、知識としては知ってはいたが、活字で見るのと、映画とはいえ、映像で見るのとは、雲泥の差だった。
 たまたま、買い物に出かけて、食事も早く終わり、映画でも見るか、ということで、いわゆるシネコンに入った。昔は、1000円ぽっきりだったシニア料金も、消費税の値上げで、いくばくか高くはなっていたが、そのくらい、久しぶりの映画だった。子どものころに、嵐寛寿郎の「明治天皇と日露大戦争」という映画を見たことがあるが、昭和天皇が、重要人物として登場するのは、初めてのことらしい。現在の天皇(今上天皇)が、戦争で犠牲になった人々に対して、一方ならぬ感謝をされて、慰撫される旅を続けられていることは、国民の一人として感謝しているのだが、この源泉は、昭和天皇にあるのだろうと思う。ポツダム宣言は、一般に無条件降伏、とされているが、そのような「やわ」なものではない。日本は、総力をかけて「国体護持」を条件として、アメリカも、実質的に、この条件を呑んだ。ただし、この条件闘争の過程で、2発の原子爆弾を落とされ、ソ連の参戦を招いた。
 基本のストーリーは、一番に、日本国民の安寧を願った昭和天皇と、国体護持を錦の御旗にした、軍部との葛藤であり、そのハイライトが、東条英機が昭和天皇に奏上した場面だった。サザエは、硬い殻に護られているのだが、サザエの中身を天皇、サザエの殻を軍部に例え、殻がなければ、サザエが生きていけない、と申した東条に対して、生物学者らしい昭和天皇が言い負かしたシーンが面白かった。これ以後、東条は、表舞台には出なかったように感じた。我が国の総理(A氏)は、ポツダム宣言を、原爆後に、イエスかノーか、と、あたかも、大戦前のハル・ノートのように、突きつけられたと、認識していたらしい。ペーパーだけで、学んだ戦後生まれの者は、正確な歴史を掴むことは、なかなか難しいが、このような映画なら、一挙両得なので、ぜひ観てもらいたいものだ。
 映画の主人公は、時の総理、鈴木貫太郎については、正直な話、あまり知っている人物ではなかったが、二・二六事件のエピソードを思えば、胆の据わった人物だったのだろうと、想像する。もう一人の主人公である、阿南惟幾は、壮絶の人だった。戦前の内閣のシステムでは、陸軍大臣は、現役の軍人しかなれなかったので、事実上、陸軍が内閣の運命をにぎるシステムだった。阿南は、侍従武官だった経緯で、天皇の信頼が厚く、鈴木とも、阿吽の呼吸があったと思われるが、陸軍の暴発を止めた人物でもある。分かりやすかった映画ともいえなかったが、昭和天皇が「私自身がいかようになろうとも、私は国民の生命を助けたいと思う」と述べたシーンでは、思わず、目頭が熱くなった。

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