たら・れば マッカーサー憲法

 先日、日韓における「慰安婦問題」がとりあえずの終結を見た。歴史は繰り返すので、何とも言えないが、とりあえずは、「最悪ではない状態」になったことは、良かったと思う。ただし、この問題は、本来、もっと早く、終結していたはずだった。N政権の時に、韓国のL政権との間に、決着を見ていたからだ。ただ、あの時には、J党のA氏が、無理やりに総選挙に追い込んだので、日韓関係が、何年もの間、停滞してしまったことは、残念なことだった。
 沖縄の基地問題も、こじれにこじれているが、あの時の、H首相が、S党の無理難題に脅かされて、「英断」ができなかったことが、痛恨の極みになってしまった。あの時の「英断」があれば、当時の沖縄県も、地元も賛成していたはずなので、今頃は「万々歳」だったはずだからである。今更言っても切ないが、同じ人間が、いくらH首相の「妄言」にたぶらかされたとしても、100%掌返しになることは、悲しすぎるような気がする。
 1月11日は、あの震災があって、5年と4ヶ月になるそうである。あの時に思ったのは、被害に遭った土地は、国か県か、公共団体で、強制的に買い上げてあげれば、いろいろな面で助かるだろう、ということだった。事実は、そのようにコトは進んだはずだった。この日のニュースによれば、相続人が不明なために、1割以上の土地が、実質的な所有者は売りたいと願い、行政側も買い取りたいと、願っているのにもかかわらず、何にもできないそうである。こんなバカな話はないと思うのだが、どうだろうか。日本国憲法に、財産権は不可侵である、ことは確かに載っている。しかし、最高裁判所は、あの「農地改革」でさえ、合憲とした。実際の道路計画では、土地収用法に基づいて、強制収容しているではないか。錦の御旗は、これも憲法にある「公共の福祉」理論である。これだけの、天変地異があり、未曽有の出来事だったのだから、なぜ、政治をつかさどる人たちは、手をこまねいているのだろうか、不審でならない。
 実は、現憲法の元の元とされる「マッカーサー憲法草案」には、土地は国有化になっていた。個人的には、あのような「農地改革」ができたのだから、「土地の国有化」ができなかったのは、本当の「たら・れば」ではあるが、残念な話である。巷では、憲法改正のうわさが持ちきりであるが、天地がひっくり返っても、このような話は出てこないに違いない。ただし、個人的な意見としては、土地と言うものは、100%、個人勝手にして良いとは思っていない。そういう意味で、土地が国有である、中国やベトナムがうらやましい。もちろん、現状の中国やベトナムのやり方が、正しいわけではないが、何かの知恵で、この中間ぐらいのシステムがあれば良いと思う。

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