どけん復興

 被災地東北は、将来日本の写し鏡である。少子高齢化が進むと、どんな世の中になるのか、怖いものを見るようだが、目をそらしてはいけないのだろう。もし、間に合うのならば、日本は、このことの解消に、全力を注ぐべきなのではないだろうか。5年前に、日本が未曽有の大災害に遭った時に、日本国民は、こころを一つにして、復興増税に、賛成した。5年間、ものすごい国税が投入され、その半分以上が、いわゆるインフラ整備に充てられたようだ。かつて、日本列島改造論というものが、一世を風靡したが、このことによって、日本のほとんどの海岸はコンクリートやテトラポットで覆われ、川と言う川も、コンクリートの堤防で、固められた。そして、東北の復興である。見事にまで、この東北の東海岸が、コンクリートで改造されつつあるようだ。
 一年に一回、旅談義を数時間する知人がいる。昨年は、四国遍路に行ったので、一回パスしたので、二年ぶりの旅談義だった。いろいろな話の中で、三陸の浄土ヶ浜が、「つまらなかった」と言っていた。
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自分も、一昨年に、30年ぶりぐらいに、浄土ヶ浜を訪れて、がっかりした記憶があるので、てっきり、震災後の話しだと思っていたのだが、実は、大震災・大津波の少し前の浄土ヶ浜の印象だったらしい。浄土ヶ浜をつまらなくしていた理由は、絶景の手前の遊歩道が、コンクリートで固められていて、興ざめすることに拠っている。観光業者によれば、観光客の足元を、万全にして、観光客の「安全第一」を期しているのだろうが、そのことに拠って、一番大切な絶景の雰囲気を壊してしまっては、元も子もない。三陸の、もう一つの絶景である、北山崎へも行った。かつては、秘境だった北山崎も、展望台が鉄筋コンクリートで固められていて、やはりがっかりだった。雰囲気を壊さない、安全策もあるとは思うのだが、このような施策には、頭でっかちで、左脳ばかり働かせてしまう人だけではなく、情緒の分かる、右脳的な人も採用しないと、日本列島中、コンクリート固めになってしまいそうで、怖い話だ。日韓中の3か国は、微妙な関係だが、無神論者が多く、頭でっかちなところが良く似ている。韓国は、最後の方の海外旅行に行くつもりで、楽しみにしていたのだが、昨今の日韓関係では、行く気持ちがなえるので、行っていない。中国は、合計6回ほど行っているが、観光地のテーマパーク化が半端ではなく、どこもかしこもまるで映画のセットのようで、せっかくの遺跡も台無しである。もっとも、日本も、鉄筋コンクリートのお城を造りまくった時代があるので、似たようなものかもしれない。このような遺跡で、感心したのが、イスラエルのマサダ遺跡だった。雰囲気を壊さない程度に、適度に修復をしているのだが、元の遺跡と、修復した部分とが、誰にでも分かるようにされていて、好感が持てた。最近の、城下町ブームでは、舗装の色を、工夫した道路も見かけるようになったが、雰囲気はとても大切なものである。
 民主党政権時代、リーマンショック、尖閣諸島事件、東日本大震災と立て続けに、天意に見放された事件が続いた。この政権のスローガンの一つに「コンクリートから人へ」と言うものがあって、それなりに心に響いたものだが、東日本大震災の復興で、すっかり元の「土建国家」に戻ってしまったことが残念である。復興は元に戻すことのようにも思えるが、過剰な土地のかさ上げや、過剰な防潮壁を見ていると、異様な感じを抱いてしまう。安全第一、生命第一と言うような合唱の声が聞こえてきそうな気もする。3月10日に、BSPの英雄の選択で、普代の水門を造った、もと村長の話をしていた。あの水門は、閉める途中に、津波が襲ってきたらしい。それでも、見事に緩衝の役目を果たして、本来護る予定だった小学校を救った。お隣の田老地区では、「万里の長城」とまで言われた、防潮堤があったために、安心感があって、逆に被害を多くした、とも聞く。100年に一度ぐらいの災害を、まったく完璧に、頭の中の計算だけで、防ぐよりも、まず人間の命や感性を大切にして、ハードとソフトの、両方で災害に立ち向かうような、方策であってほしい。土建だけの復興ではなくて、住んでいる人に希望を与えるような、復興であってほしい。

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