百名山の呪縛 木曽駒ケ岳 稜線遊歩

 待望の乗越浄土に着くと、急に風が通り抜けているようで、涼しくなった。
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時刻は、9:05だったので、40分の標準コースを、5分オーバーで登った計算になっていた。ドキドキハーハーは余りなかったので、まあまあのペースかと、安心した。目の前には、大きな二つの山小屋が見えて、はてどこを歩くのだろう、と思ったら、右駒ケ岳、左宝剣岳の標識があった。それよりも、懐かしかったのは、天狗岩の横顔だった。
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このあたりの人は、登山初心者の人が多いらしく、あれが宝剣岳ですよ、と教えたら、感心されたりした。このあたりのお花畑には、赤紫のヨツバシオガマがあり、彩を添えていた。
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ヨーロッパアルプスのお花畑も、何度か拝見したが、赤系の高山植物に関しては、あちらに、アルペンローゼはあるものの、圧倒的に、日本のお花畑の方がきれいだと思うのだが、いかがだろうか。やがて、行く手に、ゆるい山が見えてきて、ここが中岳だった。中岳の印象は、まったくなかったのだが、巨石が連なっていて、アルペン的な風貌があり、神社もあるので、こちらを木曽駒にしても良いような感じがした。
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ちなみに、一人の登山者は、ここが頂上かと思いましたよ、ともう一つピークがあることを知って、がっかりされていた。深田久弥の「日本百名山」によれば、駒ケ岳の由来は、諸説あるが、中岳の側面の黒い大岩を駒の胴として、左上方から右下方に向かって、黒駒の姿が残雪中に現れるというのが、具体的なだけに一番もっともらしい、と紹介している。ちなみに、同著によれば、頂上は本岳ともよぶようで、木曽駒ケ岳の写真は、宝剣岳の美景が載っているので、頂上だけを、木曽駒ケ岳と称するのは、いかがなものかと、思ったりもした。中岳は、左側を乗っ越して下っていくと、いよいよ本峰がそれほど高くもない場所に鎮座しているので、登高意欲がわいてくる。そして、それほど苦労しなくて、山頂に着いた。時刻は、10時の2分前だった。出発から、1時間38分ということなので、優秀、ということにしておこうと思う。まずは三角点にタッチ、山頂の神社にお詣り、そして記念写真というのが、山頂での決まり事である。ここまで、登山記としては、山岳展望のことを、書きそびれてしまった。ロープウエイからは、南アルプスの山々が、きれいに見えていた。それよりも、ゴンドラの中に、見えるらしい山名がずらりと並んでいたので、気になって、そちらばかり見ていたら、登った山が、富士山も含めて、23山あった。そして、南アルプス+富士山の姿を、ちらちらと、また伊那谷の様子もちらちらと見ながら登ってきた。
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深田によれば、鋭い岩峰の宝剣岳の右に、空木岳と南駒ケ岳の二つが背比べをするように並んで立っていた、という景色も、ちらちらと眺めながら、登ってきた。そして、頂上まで来ると、御嶽の姿が、否が応でも圧倒的な姿を現していた。
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あの、忌まわしい御嶽の大噴火からまだ3年足らずであり、ここからは、その爪痕らしい色が見えていた。前回は、はっきりと確認できた、槍・穂高連峰は、頭をすっかり雲の中に隠れていた。残念といえば、このことが一番に残念だった。山頂の恒例といえば、お昼のお握りなのだが、今回は、珍しく、パンにコーヒーという組み合わせだったが、どちらもなかなか美味しかった。ところで、今回の、我々の山旅と、ほぼ同じタイミングで、テレビ番組の登山ロケをしていた。数年前の、白馬登山でも、やはり登山ロケとバッティングして、テレビを見ていたら、自分の影みたいな姿が映されていたのだが、今回も、我々を追うように、ロケチームがやってきていた。
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 本当かどうかは分からないが、一時の山ガールブームや、百名山ブームはないとも聞くが、ここ木曽駒ケ岳は、登山初心者の聖地らしく、色々な年齢層の登山者が登っていて、その点では、楽しかった。我々が、頂上を出発したのは、10:30だった。わが家の秘法のスキップランラン下りは、砂利道ではなかったので、できなかったが、それでも、頭の中では、スキップランランをしながら、お庭と呼ばれる、中岳との広場まで下ると、左手に、山頂小屋があった。昔は、山小屋は敬遠していたのだが、近頃は、できるだけ山小屋に寄って、少しでも、山小屋経営に、寄与したい、という気分があるので、寄ることにした。お腹は、食べたばかりなので、山バッジを買った。なかなかレアなもので、日本百名山木曽駒ケ岳の他に、山頂小屋まで入っているので、買ってよかった、と思った。ちなみに、手元にあった、古のバッジには、単に「駒ケ岳中央アルプス」とだけあったので、木曽駒の名前があって、ラッキーだった。小屋には、中学生の団体さんが押し寄せてきたので、我々は、早々に退散した。再びお庭まで戻って、巻き道
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を行くことにした。この道は、主に初心者に対する、親切心から、危険ルート、という表示があるのだが、前に人が歩いていたので、我々も、のんびりと巻き道を歩いた。ここで、思わぬ幸せが待っていた。というのも、前回は、咲いていた、エーデルワイスの一種である、ヒメウスユキソウが咲いていたからである。
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ちなみに、お庭は、深田久弥も、広々とした美しい原で、そこをブラブラとさまよっていると、時のたつのも忘れた、と書いてあるが、ここにもクロユリの群落があり、ミヤマリンドウも咲いていて、本当に天国のように素敵な場所だった。さて、巻き道である。ここは、鎖場はないのだが、中級向きの軽い岩登りがあるルートなので、全くの初心者には、おすすめはできないが、ご機嫌な山道だった。まるで、宮之浦岳の一角と見まがうような奇岩があったり、
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三ノ沢岳が名山に見えるポイントがあったりして、飽きなかった。ひょっこり出た場所は、今度は、雲の平と見まがうような台地があった。
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台地には、ハイ松がチョビチョビで、緑が少ないのが欠点だが、黙って通るには、惜しい景色だった。再び、天狗岩の見える場所まで戻ると、何やら、神様の名前が彫り込まれた石碑が立っていて、御嶽と共通するような、霊場の雰囲気があって、ここもよかった。
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風の強い、乗越浄土の通過は、11:18だった。まだまだ、登る人が多いので、登る人を優先しながら下ったので、時間はかかったが、下りに特有の辛さは、余り感じなかった。チングルマなど、往きには気が付かなかった高山植物などに、目を奪われながら、どんどん下って行ったら、どうやら遊歩道に入ったらしかった。にぎやかな場所にデッキと看板があり、ここがカールの底である、鬼が池らしかった。
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着いたのが、ジャスト12:00だった。ここは、山の雪渓もよく見えて、絶景だった。スケッチもしたのだが、ロープウエイの時刻が気になり、駅へ登ることにした。実は、ここの登りが、今回の登山では、一番に辛くて、思い切り太ももまでが、ダメージを受けるような、つらい登りだった。それでも、12:30の下りロープウエイに、何とか乗ることができて、ラッキーだった。しらび平では、12:40発の臨時便が出て、午後1時過ぎには、菅ノ台まで戻ることができた。ここで、名物の、ソフトクリームをほおばりながら、車を預けたホテルへ戻った。この日は、諏訪のレイクサイドに宿を取り、翌日の酷暑の中を、午前中には、我が家にたどり着いた。

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