高杉晋作 東行庵 功山寺 ぐるっと長州 秋游の旅③

 三日目(10/6) 朝の時間は、貴重なものだが、この日の朝食時間の7:00よりは、早めに入れてくれて、感謝感激だった。朝風呂も、早めに入れて、気持ちの良い朝を過ごすことが出来た。この日の予定は、一路、下関である。下関も、合併が進んで広いのだが、しばらくは9号国道の朝渋滞にもまれて、小郡ICに入ったのは、8:10だった。この日の高速は、中国道なのだが、高速にはまれな蛇行する急坂を、どんどん下ると、早くも、8:36には、美祢西ICを下り、しばらくは、高速に並行して一般道を走った。ところで、山口県の高速を走っていると、ナビにも載っていない、無料高速へつながるJCTが何回も出てきて、びっくりした。ここは、時の宰相(A氏)の地元なので、恐らくは、「忖度」のようなことで、続々と、整備されているのでないかと、邪推した。中国地方にある二つの高速が合流するところが、下関市の吉田なのだが、ここにこの日最初の目標である、東行庵があった。
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道路の右側に大きな駐車場があり、反対側に東行庵があった。最初に、高杉晋作のお墓に参ったのだが、大人物にしては、小ぶりな墓石が印象的だった。
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この日の夕方のニュースでもやっていたが、紅葉が始まって、夜には、ライトアップもやっている、とのことだった。庵の前には、銅像があり、
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写真を撮ってから、庵に入った。記念館
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と、お寺とが合体したような作りで、シルバーには、優しいパスなのだが、記念に、朱印をゲットしてきた。晋作の東行という号は、畏敬する西行法師から、いただいた、ということが確認できた。奇兵隊の資料が多かったように感じた。ここから、長府までは、田舎道を走ったのだが、ひこばえが立派に成長して、実っているのが珍しかった。長府の住宅地の閑静な場所に、功山寺があった。
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と言っても、すぐ側に下関市立歴史博物館があり、その駐車場に車を停めた。功山寺は、良い寺だった。境内に入ると同時に、ピリッとした感覚があった。境内に入るとまずは山門があった。紅葉には、やや早かったが、門の向こうに、国宝の仏殿の、柔らかくも、しゃきっとした檜皮葺の屋根のフォルムが見えていて、感動した。鎌倉の円覚寺舎利殿に似た造り(唐様)だが、より大きな感じで、堂々としていた。
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ここは、高杉晋作が少数(80人)の兵で、藩の体制(俗論派)に対して挙兵した場所としても有名である。境内には、晋作の騎馬像があり、色づき始めた紅葉に、颯爽としていた。
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ここで、朱印をいただいた(自分なりに、感動した寺だけ朱印を頂いている)のだが、ここでは、七卿落ちのメンバーが、2か月ほど、滞在した寺でもあった。帰りに、下関歴史博物館も見学した。坂本龍馬の手紙を、日本で一番多く所蔵している博物館だそうで、現在は、特に多数の手紙を特別公開していて、見ごたえがあった。龍馬のサインは特徴があるのだが、馬が「る」の字に似ているのが面白かった。龍馬が、新婚時代に下関の花街で遊んできた時の、詫びた戯れ唄が面白かった。ここには、晋作の詩もあって、良かった。特別展では、毛利博物館所蔵品で、特別展でこちらに出張している品も、見ることが出来た。毛利藩物館のものより、こちらに来ている、日明貿易の資料が特に良かった。この地では、戦国時代に、大内氏→陶氏→毛利氏という下剋上があったことで有名だが、珍しい陶氏の資料があったのが、目を引いた。ギリギリ、 1時間で見学を終え、ここからは基本的に、国道9号線を走って、下関に向かった。道は、急降下で海岸線まで降りたのだが、そこで見えた風景は、すでに関門海峡で、海峡の向こうにはすでに九州だった。

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