パウロも来たパフォスの街 東地中海(レバノン・キプロス)⑬

 最後に、パフォスの港まで来て、「パフォス考古遺跡」と称するものを見た。
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ここも「遺跡公園」だった。やはり、巨大な屋根があり、そこは、「ディオニクスの館」という名前の、モザイク博物館だった。というのも、ここの一角に、BC3世紀のモザイクがあり、単色なので、初めは地味だったが、見ているうちに、水墨画の美しさが見えてきて、とても良かった。
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モチーフは、少年(か少女)がいて、犬やイルカもいるというデザインだった。このモザイクだけが、他所から持ってきたもので、他のモザイクは、ここにあったローマ期の邸宅のものとのことだった。ここには、ギリシャ語(ローマ帝国東半分の公用語)で、「ようこそ」の意味が書かれている、との説明だった。モザイクは、四季の神など、どれも優れていたが、一番に面白かったのは、「ロメオとジュリエット」の原型の話しで、「ピュラモスとティスベ」というらしい。話の内容は、仲の悪い家族なのに、愛し合った二人が、ひそかに会う約束をするのだが、ちょっとした「いきさつ」で、相手が死んでしまったと、錯覚して、互いに死んでしまう話なので、「ロメオとジュリエット」そのものである。他では、ポセイドンやアポロンとダフネ
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、ナルキッソス
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、ガニュメデスの強奪など、ギリシャ神話の場面を描いていて、どれも面白かった。もちろん、館の名前である、ディオニソスのモザイクも、立派だった。ちなみに、館の持ち主は、酒屋さんだったらしいが、もちろん大富豪なのだろう。もう一つの、セテウスの館は、屋外展示なのだが、立派なモザイクで、少し離れて上方から見るのが、ベストのようだった。こちらのモザイクは、スケールが大きく、セテウスのミノタウロス退治が、テーマだったようだ。
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ここの総督が、初めてキリスト教徒になったのだが、肝心なところを聞き漏らした。ここで、一応の解散、フリータイムという形式で、希望者がパウロの柱見学に行った。希望者は、恐らくは2~3人ぐらいだろうと予想していたら、予想に反して、物見高い人が多く、結果だけをみれば、半数以上の人が、参加した様子だった。パフォスの街中に入り、ちょっと奥手に進むと遺跡(もとは、大きな教会があったようだ、現在は、ほぼ廃墟)があった。その遺跡の一角にパウロが、むち打ちにされた場所とされる、白い柱があった。
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この柱は、いつ発見されたのか、などと質問していた人もいたが、「聖遺物」などと、似たようなものだから、クリスチャンにすれば、そのことを信じることが大切だと思う。ここは、多くの伝承が積み重ねられているのだろうと、思った。個人的には、キリスト教は、ある意味「パウロ教」というべき側面もある大人物なので、気になった、というのが正直なところである。そばに、簡素なオーソドクスの教会があり、何もない、というアドバイスは置いておいて、二人だけ見学に行った。小さな教会なのに、荘厳さに満ち溢れていて、今回の旅では、一番に感動する、静謐さにあふれていた。
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英国教会も使用することがあるようだ。再び喧噪の町に戻って、街のアイスクリーム屋さんで、ビスターチを頼んで食べた。パフォスの海港を眺めながら、ゆっくりしたので、パフォス城は、やや遠望からの見学になってしまった。
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リマソールまで、1時間の「バス旅」ではなく、「白河夜船」でホテルに着いた。夕食は、ホテルの前の、地元で繁盛するレストランへ行った。メインの赤ワイン煮込みのポークは、拷問のような量の多さで、みんな辟易としていた。ホテルには、セルビアのサッカーチームが同宿していて、どの選手も、大柄な人たちだった。

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