人間の鎖 リガ旧市街Ⅱ バルチック琥波句旅日記⑬

 次に、リガのランドマークである、聖ペテロ教会の鐘楼に登った。DSC09566聖ペテロ教会.JPG中は、日曜日なので、ミサをやっていて、荘厳な音楽が流れていた。古式のエレベーターで、上に登ると、リガの街が一望できた。リガは、海運で栄えた歴史があるのに、海が見えないのは、不思議だが、正確には、河口の港で、海までは、15㎞だそうである。
先に、リガ城壁内の建物は石造り、というのを紹介したが、唯一の例外が、鐘楼だったようで、展望台の天井の部分は、確かに木骨だった。鐘楼からは、旧市街も、新市街も見えるのだが、個人的には、ソ連時代の遺物である、スターリン様式のビルや、社会主義巨大マーケットの造形も、興味深かった。DSC09569展望台.JPGダウガヴァ川の対岸には、我々のホテルと、波の形をした図書館があり、人間の鎖で、橋をつなぎ、本を運んだ、という話が面白かった。ここの一階には、「人間の鎖」の写真があり、自分も手をつないできた。DSC09579人の鎖.JPGもう一つ、先代の風見鶏もあった。歴代の棟梁は、完成祝いに、鶏にまたがり、ワインの瓶を投げる占いの習慣があった。今 (ソ連時代) のものは、粉々だった、とのこと。隣には、聖ヨハネ教会があり、二人の修道士が志願して、壁に塗り込まれた、不気味なエピソードがあり、壁には、その象徴の人面が二つ見えていた。DSC09583聖ヨハネ教会.JPGファサードがとてもきれいな教会なのに、変な話で、話題になっているのは、残念な気がした。教会前には、ブレーメンの音楽隊の像もあった。少し離れた、市庁舎とブラックヘッド会館は、復元されたものらしく、真新しかった。DSC09562黒頭会館.JPGブラックヘッドは、黒人の頭なのだが、エチオピアの聖マリティウスに由来があるらしい。門の両サイドには、由来の人物が、門番をしていた。ナチスドイツによって、徹底的に破壊された建造物を、執念で復元したワルシャワの旧市街を彷彿させる話だと思った。会館は、未婚の男性ギルドだけが会員なので、どんちゃん騒ぎも多かったようだ。世界最古のクリスマスツリーも、ここではないか、と話されていた。次に、リガ大聖堂を見学した。DSC09592リガ大聖堂.JPG古い建物は、基盤が元の高さなので、入口から、必ず下る階段がある。リガを建都したアルベルト司教が13世紀に、ロマネスクの聖堂として、スタートして、15世紀にはゴシックとして増築され、18世紀のバロックの増築で、今の形になったようだ。ステンドグラスが、美しく、かつ歴史あるものなので、嬉しかった。聖母マリアと、献上した家族のステンドグラス(SG)は、マリアがややきつい表情なのに、イエスが、キューピットの雰囲気なのが、珍しかった。DSC09618アップ.JPG2枚目のSGは、アルベルト司教が描かれていた。3枚目は、宗教改革の絵で、ルターが描かれていたのが、歴史の重みを感じた。4枚目は、スウェーデン王、グスタフが描かれていた。ちなみに、大聖堂も、爆撃で、壁だけになったそうで、残されたステンドグラスは、避難をしていた、との解説だった。大聖堂の隣は、カトリック時代には修道院の回廊だったものを、市場に利用した、とのことで、回廊には、資料がならべられていた。DSC09621中庭.JPG教会内に、立派なパイプオルガンがあり、ヨーロッパでも有数のもので、10mから、13mmまでのパイプが使われているそうである。昼食の後、リガ城にある、大統領官邸を裏から、見学した。リガの歴史においては、スタート地点の一つだが、観光的には、地味なようである。近くの三兄弟を見学した。DSC09599三兄弟.JPG右が、15世紀にたてられ、記録では最も古い家で、前庭のようなスペースがあり、時代の余裕を感じた。この時代は、1階が住宅、2階から上が、倉庫というスタイルだったようだ。真中が、次兄で、この時代になると、住宅は、2階になるようだ。一番左の三男坊は、窮屈そうに立っていた。横の切れた階段が面白く、乗馬したまま、2階へ上がりやすくなっている、との説明だった。この後、フリータイムになり、土産屋で、ピンバッジを買ったり、市場で、果物を買ったりして、歩いて橋を渡って、ホテルへ戻ったのだが、25分ぐらいかかった。

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