ノルウェーとことこ峡湾ハイキング① プロローグ

ノルウェーとことこ峡湾ハイキング               2019/7/10~7/19
 プロローグ 令和最初の海外旅行は、ヴァイキングのふるさと、ノルウェーへ行くことになった。ノルウェーは二度目なので、「国盗り物語」ではない。前回(20年前)、北欧五カ国を大周遊したのだが、必然的に駆け足旅行だった。それでも、ノルウェーは、首都オスロの他にも、ベルゲンやフィヨルドクルーズもしたので、良かったのだが、自分的に、一つだけ「不満」があった。それは、フィヨルドを、上からも眺めてみたい、という願望だった。海外旅行が、夢のまた夢の時代のテレビ番組に、「未来への遺産」というものがあった。その中に、偉大なる交流を実現したヴァイキングの故郷として、ゲイランゲルフィヨルドの眺望の場面が、いつの間にか、刷り込まれていて、願望になっていたのかもしれない。そして、その願望の後押しをしたのが、プレーケストーレンの絶景だった。DSC08432〇もと.JPG年齢的に、海外旅行は、年々ハードルが高くなっているので、行けるかどうかは、半分、賭けなのだが、令和になって直ぐに、百名山の両神山に登ってきた。苦労はしたものの、何とか登ることが出来たので、ひょっとして、今年なら、プレーケストーレンに行けるかもしれないと、思っていたところに、夏行くことになっていた、イシククル湖を花紀行するツアーがキャンセルになったので、急遽、今回のツアーに滑り込んだ、というのが、裏の事情である。
 ノルウェーに行くにあたって、ノルウェーの歴史を調べて、まとめてみた。歴史は、お話ではないので、なるべく、現代に生きている人の役に立つのが、理想なのだが、その中で、クィスリングなる人物を知った。二次大戦中、ナチスドイツは、中立国であるノルウェーを不法に攻撃して、占領した。しかし、ノルウェー側にも、隙があったのである。それは、ナチスがヨーロッパで、幅を利かせていた時代に、ノルウェーにも国家主義政党が、それなりに一定の支持を得ていた。ナチスの、ノルウェー奇襲の裏には、この政党のクィスリングが、ナチスを引き入れた「事実」である。その後ノルウェー国民は、クィスリングは、決して許さず、国民一丸となって、ナチスドイツに徹底抗戦したのだった。ただ、現代にも、ヒトラー顔負けの、自国第一主義のリーダーがいて、ヨーロッパ全体に、この風が吹きまくっている。二次大戦中のノルウェーのような悲壮な出来事が無ければ、幸いである。
話が暗いので、明るく締めたい。ヴァイキングは四大陸で活躍した、というのだが、四大陸とは、もちろんヨーロッパ大陸(本当は、半島だが、人類に対する偉大なる貢献のゆえに、大陸とされている)、アジア大陸(イスラム圏まで進出)、アフリカ大陸(シチリアにノルマン人が国を造ったので、北アフリカでも活動)北米大陸(もはや定説である)である。
前夜(7月9日) 成田へは、首都高ルートが定番なのだが、今回、ざっくりと紹介すると、自宅から約30分で八王子IC、また約30分で西新宿JCT、また約30分で習志野PA、また約30分で成田ということで、分かりやすかった。出発前夜のニュースで、ハンセン病の家族に対する補償を、政府が行うことを表明した。このハンセン氏も、ノルウェーの人物ということで、これも、何かの縁かもしれない(帰国後には、正式に謝罪した)。
梅雨寒の 倭の国を出て ノルウェーへ』(倭寇とヴァイキング どちらが強いか)
我が国は、倭寇の国だが、ノルウェーは、もちろんヴァイキングの国である。
 第一日(7月10日) ツアーの人数は、14名で、夫婦連れが5組もいて、最近では、珍しいと思った。ノルウェークローネに両替をしたら、100クローネは、ヴァイキングシップのデザインで、さすが、ノルウェーだと思った。ただし、ノルウェーの物価が高く、ハンバーガーでも、3000円ぐらいすると、脅かされた。出国は、すっかり、機械化されて、味気が無かった。フライト(SK1874)は、やや遅れて、11:30ぐらいのテイクオフ、ただし、予定よりも早く11時間足らずで着きそうなので、ラッキー。何でも、追い風が吹いた恩恵、との話だった。久しぶりのSAS(スカンジナビア航空)である。飲み物のサービスは、最初だけ(3つ注文できる、例えば、ビール1、赤ワイン1白ワイン1)で、後は、有料というスタンスだった。食事も、チキンだけの一種類(ベジタリアンには、何か用意)で、悩まなくてよいといえば、それまでだが、日本の食事なので美味しかった。映画は、何本か見たのだが、「未来のミライ」は、アニメで、過去や未来が、自由に出てきて、人生の大切さを感じる作品だった。「こんな夜中に、バナナかよ」は、実在の筋ジスの、鹿野さんがモデルの映画で、障害者の問題やボランティアの問題を、考えさせられるのだが、何よりも、鹿野さんが、全力で生きたことを思えば、我々も、何でもできるような気がしてきて、これからの旅に、勇気づけられた。もう一本、は、「The Aftermath」という、映画だった。自分的に、最高の映画は、「ひまわり」だと、思っているのだが、この「The Aftermath」も、戦争ではなくて、二次大戦直後のハンブルグを舞台に、占領軍(英軍)である将校の妻を主人公とする、大人の映画である。戦争の悲惨さでは、「ひまわり」の方が上かもしれないが、最後に逆転のある、ラブロマンスが、憎い演出だった。戦後の日本は、飢餓の問題を別にすれば、平穏だったと理解しているが、ドイツの場合は、それなりの抵抗があった歴史の事実を、映画で、初めて知らされて、勉強にもなった。コペンハーゲン空港には、現地時間の、15:00過ぎに着いた。日本語で書かれた、乗り換えの案内があって、倭人には、とても好評だった。ここから、ノルウェーのスタヴァンゲルまでは、北海の真上を通る、1時間ばかりのフライトで、雰囲気は、国内線の雰囲気だった。空から見た、ノルウェーの海岸線は、実に複雑怪奇で、これを見ただけでも、地形の勉強になった。DSC08395海岸.JPGただ、これも驚いたのだが、スタヴァンゲルのあたりは、ノルウェーにはまれな、平野になっていた。7月初めのノルウェーは、ほぼ、白夜状態なので、何時になっても、太陽は高かった。ノルウェーのホテルは、質実剛健というのか、ベッドの幅は、驚くほど狭く、転げ落ちそうだったが、何とか、無事に寝ることはできた。明日の天気予報は、前の予報よりも、良くなっている様子なので、愉しみである。

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