テーマ:50代以上のブログ

両陛下と文化交流

 平成も残りが少なくなった4月2日は、前日に「令和」の新年号が発表されて、大騒ぎをしていた。上野東博では、「東寺展」も見たかったのだが、「両陛下と文化交流」展を観てきた。上野は、ちょうど桜が満開だった。  今上天皇が、即位の時の屏風があった。古来は、天皇の都の地から、東方を「悠紀地方」西方を「主基地方」といったそうで、即位の時に、両地…
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一時停止は二度止まる、忖度道路、令和

 交通事故の多い「交差点」の話題が、報道番組で、何度かされていた。最近のものによれば、「一時停止」の交差点を、「一時停止」したのにも関わらず、交通事故になっているケースを「防犯カメラ」で、繰り返し何度も流していた。雰囲気として、「交差点」が悪い、みたいな、報道をしていたのが、気になった。世の中に、見通しの悪い「交差点は」ごまんとあるはず…
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日本100名城 松江城 エピローグ ぐるっと長州 秋游

 七日目(11/10) 朝は霧だった。8:20に出発した時には、霧が晴れかけていた。津和野辺りでは、国道9号線が、山の中腹辺りを貫通しているのだが、宿から少し下ったところに、何の標識もないのだが、立派な道路があったので、運をかけるつもりで、入ってみた。どうやら、この道は、道の駅「津和野温泉なごみの里」から9号へ抜ける新道だったようで、途…
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鴎外の故里 津和野城下 ぐるっと長州 秋游⑩

 津和野城址からの眺めは、安野画伯でなくとも、絵を描いてみたくなる絶景で、自分も筆をとってみた。詩人さだまさしは、津和野城からの絶景を見て「案山子」の曲想を得た、とのことだった。結局、1時間半ばかり、山城の楽しさに酔いしれていた。往きはつまらなかったリフトは、帰りは、景色は良かったのだが、結構急で、怖かった。お昼が近かったので、津和野の…
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日本100名城 津和野城跡 ぐるっと長州 秋游⑨

 六日目(11/9) 朝風呂に入ったら、日本一の岩風呂ということで、巨大な岩盤が凄かった。昨夜も、ふぐさしを食べたが、厚みがあり新鮮でおいしかった。夜のうちに寒冷前線が通過して、夜は騒がしかった。朝は、雨上がりでまずまずの天気だった。宿の人に、津和野への道を聞いたら、海回りは信号が多く、山回りは少ないので、15分ほど早い、というので、山…
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晋作も歩いた萩城下 ぐるっと長州 秋游⑧

 日本100名城スタンプのゲットで、この日の最低最悪のミッションは終わったのだが、もう一つ、達成したい、ミッションがあった。萩の城下町に、萩博物館があったので、そちらの駐車場にナビをセットした。 もう一つのミッションは、司馬遼太郎の、21世紀に残したい風景、菊屋家付近の景観をぜひ見たかった、ことである。菊屋家まで行くと、見学が可能、と…
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日本100名城 萩城跡 ぐるっと長州 秋游⑦

 五日目(10/8) 朝食のふぐ雑炊も美味しかった。さて、夜は軽いお湿りがあったらしいが、我々の活動中は、曇りの一日だった。湯本温泉から、いったん仙崎の方まで戻り、国道191号線を走ったのだが、途中の三隅というところから、山口県お得意の、無料高速に入った。ホテルを8:10に出て、萩城址のある指月駐車場に着いたのは8:55だった。早く着い…
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金子みすゞ記念館 元乃隅神社 ぐるっと長州 秋游の旅⑥

 最近、外国人が発見した「名所」が、新しい観光名所になっているケースが多いが、元乃隅神社はその典型である。この日のドライブは、ほぼ国道191号線をなぞる旅なのだが、この国道が下関市を離れて、次の長門市に移った。海岸の景色は、なかなか良かった。ここには、楊貴妃伝説もあるのだが、ここを過ぎて、新しく元乃隅稲成神社に案内する標識が出来ていた。…
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本州最西端の旅 角島大橋 毘沙ノ鼻 ぐるっと長州 秋游の旅⑤

 四日目(10/7) 暦の上では、初冬らしいのだが、天気は穏やかなので、小春日和の一日だった。このホテルは、ふぐ尽くしの朝食が自慢で、これをいただいて、7:20には、狭いパーキングから、車を出した。ナビをかけるのに苦労をしたが、最初の目的は、本州最西端の毘沙ノ鼻だった。しばらく走った国道191号線は、まるで高速なみで、さすが宰相のお膝元…
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史跡下関 壇之浦 前田砲台跡 ぐるっと長州 秋游の旅④

 竜宮城のような真っ赤な赤間神宮が見えてきたので、参拝用駐車場に車を停めた。司馬遼太郎によれば、赤間関が赤馬関になり、馬関になったらしいのだが、それよりも、赤間神宮は、江戸時代までは阿弥陀寺だったという事実が、衝撃的だった。明治維新後、廃仏毀釈があり、お寺からお宮になったとのこと。奈良で、興福寺の多くの僧侶が神官になった事実を、思い起こ…
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高杉晋作 東行庵 功山寺 ぐるっと長州 秋游の旅③

 三日目(10/6) 朝の時間は、貴重なものだが、この日の朝食時間の7:00よりは、早めに入れてくれて、感謝感激だった。朝風呂も、早めに入れて、気持ちの良い朝を過ごすことが出来た。この日の予定は、一路、下関である。下関も、合併が進んで広いのだが、しばらくは9号国道の朝渋滞にもまれて、小郡ICに入ったのは、8:10だった。この日の高速は、…
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雪舟庭園常栄寺 瑠璃光寺五重塔 ぐるっと長州 秋游の旅②

 霜月は、雪舟の月、ということで、色々なイベントをやっているのだが、まずは、雪舟庭園のある常栄寺へ行くことにした。常栄寺では、まず、本堂の前には、昭和の庭の大家である森重三玲氏の石庭が、下手なように作られていたのが、面白かった。本堂からは、雪舟の石庭が見えるのだが、広い庭にもかかわらず、散漫なところが無く、もし、世が世であったならば、画…
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岩国城・錦帯橋 ぐるっと長州 秋游の旅①

ぐるっと長州 秋游の旅2018                2018.11.4~11.12  プロローグ イランの旅の余韻が残っているうちの、「ぐるっと長州秋游の旅」である。本来は、1、2週遅ければ、紅葉のベストのシーズンなのだが、長いドライブでは、何といっても、冬の到来が一番の天敵なので、霜月の上旬に旅立つことにした。前夜は、ペル…
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願成寺仏像 甲州ミニ散歩㊦

 昨日、願成寺へ拝観を失敗したので、この日は、ダメもとで、もう一度、拝観のお願いの電話をしてみた。時間が良かったのは、今度は、オーケイを頂いた。昨日走った道を、なぞるように戻り、釜無川を渡った。県外の人には、笛吹川、釜無川、富士川と次々に名前が変わるので、分かりにくいが、甲斐の大河である。寺の駐車場は広く、階段の上には、観音様が顔を見せ…
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新府城址 大村美術館 甲州ミニ散歩㊤

甲州ミニ散歩               2018 11/27~11/28  今年(2018年)の秋は、大きな旅を二つした。一つは、「イラン歴史の旅12日間」、もう一つは、「ぐるっと長州秋游9日間」である。ここ、3年間の中では、一番に体調が良かったので、とりあえず、体調に感謝である。某デパートの、宿泊券を購入していたのだが、期限の12…
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宝石博物館 エピローグ イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑰

 考古学博物館の次に、ゴレスターン宮殿を見学した。ガージャール朝の、いわば落ち目の「ペルシャ帝国」を代表する宮殿である。同時期の、オスマントルコや、清帝国と同様、英露の侵略の舞台となった政権だが、正直な感想では、トルコや清と比較するのも、酷かもしれない。清とは、王様(皇帝)が遊牧系という面でも共通している。面白かったのは、グルジャは、ロ…
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イラン考古学博物館 イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑯

十日目(10/21) この日も天気は良かったのだが、未明には雨が降ったらしく、雲はあるものの、爽やかな朝だった。テヘランも、他のイランの都市と同様、古い歴史があるらしい。そして、この町も、モンゴルによって、破壊されたとのこと。生き残った人々は、失業したので、盗賊になった、というのがガイド氏の説明だった。モンゴルは、中東を支配するにあたっ…
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韮崎大村美術館

韮崎大村美術館  平日にもかかわらず、とてもにぎわっていた。2階の展望室からは、茅ヶ岳や七里ヶ岩が、正面にきれいに見えていた。  常設展 1「薔薇」(ラグーザ・玉) 伝説の女流画家なので、作品を観るだけでも、価値があると思った。 2「舞妓」(秋野不矩) 秋野といえば、インドのイメージが強かったので、「舞妓」は、意外な感じがした。 4…
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ペルシャの栄華 スーサ遺跡 イラン歴史の旅 ペルシャ秋游 ⑮

 チョガ・ザンビルから、1時間かけて、スーサへ行った。街の真ん中に、廃墟の丘があり、はっきり申して、何もないところだった。宮殿の跡が分かるように、整備はされているのだが、復元だけを比較すれば、我が平城京跡の方が、立派に思えるほどである。スーサの遺跡から、アフリカ(トンブクトゥ)の泥のモスクみたいな風貌の、高層建築が見えていた。遠望だけな…
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ハムラビ法典の発見されたチョガ・ザンビル イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑭

 九日目(10/20) この日も、天気は良好。ホテルの前には、大河が流れていた。この地は、フゼスタン州と言って、イランの油田地帯であると同時に、イランの穀倉地帯のような地形なのだが、かつては10%しか利用されていなかった大平原も、現在は、イスファハンの人たち(要するに、農民)が入って、緑が多くなった、というのがガイド氏の説明だった。この…
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ビシャプール遺跡 イランの油田 イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑬

 アボルハヤートから、少し開けた地形になっていて、昨日大雨が降ったらしく、壊れた橋などもあった。この日唯一の観光地である、ビシャプール遺跡を見学した(9:55)。ちょっと見では、何も残っていなくて、小高い丘のような遺跡に思えた。遺跡の名前は、ササン朝シャプール1世が建てた、シャプール町、と言ったところらしい。中に入っても、さっぱりだった…
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アレキサンダーの東征の道 イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑫

 八日目(10/19) 本日も天気は良好、ただし、夜中は、土砂降りの雨が降っていた。この日は、今回のツアー最長の移動時間で、もともとの見学も一か所という、シンプルの予定だった。7:30に出発した。最初は、現在の イランで、自殺するのは、金持ちの方が多い、という話しやら、大学生の70%は女学生などの話し(イランの学制は5・3・4制)のだ…
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岸壁の浮彫 ナクシュ・ロスタム イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑪

 ぺスセポリスの近くのレストランで昼食(イラン式チャーハン)を取った。午後の初めは、ナクシュ・ラジャブ見学だった。どこに遺跡があるの、という感じの不思議な遺跡だが、ササン朝ペルシャ時代のレリーフで、ディバ氏によれば、新聞やテレビのない時代の、王様のCМとの話だった。レリーフは、左から将軍、リングをもらっている王様(シャープール1世)、リ…
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ペルシャの古都 ペルセポリス イラン歴史の旅 ペルシャ秋游 ⑩

 シラーズから1時間強で、ペルセポリスの駐車場に着いた。この辺りは、松林が繁っていて、前方には、颯爽とクセルクセス門が遠くから見えていた。 『松風が ペルセポリスに 吹き抜ける』(亜歴山も見たぞ 万国の門) ゲートをくぐると、更地があるのだが、ここでイラン建国2500年の記念式典を、パーレビ1世の時代にやった(1971)らしい。階段…
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シラーズ 薔薇のモスク イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑨

 パサルガダエから、シラーズまでは、1時間以上かかった。途中には、ペルセポリスも遠望できた。シラーズの入り口には、門があり、市内は混雑していた。市内、最初の見学は、エラム(楽園)庭園だった。ガージャール朝の庭園で、日本では、薔薇庭として名高い。園の中心には、エラムパレスという建物があった。正面の壁には、とてもイスラムの国とは思えない、妖…
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高原の古都 パサルガダエ イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑧

 六日目(10/17) ヤズドの朝も天気は良好、ホテルの玄関の外まで出ると、爽やかな風が吹いていた。出発はこの日も8:00。ヤズドは、イラン全体の中心に位置するそうで、このモニュメントを過ぎ、昨日登った沈黙の塔の脇を抜け、ザクロス山脈の山懐に進んでいった。山裾のアーシューラで有名な邑を抜け、更に奥に進むと、カレーズで有名な邑に入った。昔…
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マルコポーロの街 ヤズド イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑦

 五日目(10/16) イスファハン2日目の朝も、きれいに晴れていた。ホテルを8:00に出て、少し歩いて、バスに乗り込んだ、途中、ササン朝時代の遺跡丘(未発掘)と、同じくササン朝の3世紀にローマの捕虜が作った橋を車窓見学して、バスは東南の方向のヤズドへ向かった。この日も、歴史の講座だった。20世紀の初頭に石油が発見されてから、中東の地政…
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イスファハンⅢ 金曜日のモスク イラン歴史の旅 ペルシャ秋游⑤

 お昼は、にぎやかなジョルファー地区にあるレストランで昼食になった。イランのおこげであるターチンは、とても美味しかった。午後の観光は、最初に、「金曜のモスク」を見学した。もともと、拝火教神殿の場所に建てられた、イスファハンで、最も歴史があるモスクである。入口のエイヴァーンはガージャール朝のものだが、創建は8世紀で、残っている建物としては…
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イスファハンⅡ イマーム広場 イラン歴史の旅 ペルシャ秋游④

 四日目(10/15) 天気は良さそうだった。イスファハンは連泊だが、出発は、8:30だった。昨日の逆で、少し歩いて、バスに乗り、イマーム広場に戻った。緑が多く見えたので、夜景よりも印象が良かった。イスファハンは、古くからの交易都市で、アッバース大帝時代のイマーム広場も見たいが、かのマルコポーロが来た時代の、イスファハンの痕跡があるのか…
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イスファハンⅠ ヴァーンク教会 イラン歴史の旅 ペルシャ秋游③

 昼食は、カシャーンからイスファハンへ向かう途中の、ナターンズという邑だった。背後に立派な山が見えていたが、地図で調べると、キャルキャス山と言って、標高は富士山より高い3899mだった。ここで、予定外のジャーム・モスク見学(外観)をした。ディバ氏によれば、ヨーロッパの、ゴシックに影響を与えた、という説を話していた。この邑は、陶磁器も有名…
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